世界各国市街地のいたるところには、黄色と黒の"Western Union"のロゴのついたお店があります。ウェスタン・ユニオンは国際送金サービスの世界最大手で、世界200カ国に約27万店の代理店ネットワークを持つ金融サービス会社です。国際送金だけでなく小切手の現金化や外国為替、クレジットカードやプリペイドカードなども取り扱っています。ウェスタン・ユニオンの歴史はとても古く、1800年代にまでさかのぼります。当時は電報を手がける会社としてスタートしたもの電信送金も扱うようになり、やがてそれが本業となり送金サービスのほうで知られるようになりました。昔の本業だった電報業務も昨年で撤退しています。ここ最近はオンライン送金などの分野にも進出しているようですが、今でもメインは国際送金や小切手の現金化のようです。ちなみにウェスタン・ユニオンを利用して国際送金するには、まず最寄のウェスタン・ユニオン送金取り扱い窓口に行き、送金したいお金を支払います。その後受取人が最寄のウェスタン・ユニオンの窓口に行ってお金を受け取ります。カバーしている国は非常に幅広く、アメリカ・イギリスといった場所だけでなく、フォークランド諸島やニジェール・モーリタニア、コソボやイラクにも送金できるというところがすごいです。送金できない国はイラン・ミャンマー・ソマリア・北朝鮮くらいでしょうか…。ところで私が中学生の頃、ジャネット・ジャクソンのエスカペイド(Escapade)という歌が流行っていましたが、この歌のサビの部分の歌詞はこうなっています。 My mind's tired I've worked so hard all week Cashed my check I'm ready to go I promise you, I'll show you such a good time アメリカでは給与は小切手で支払われることが多く、そのため基本的には銀行口座に入れないと現金化できません。しかし銀行口座を持っていない(持てない)人もかなりいます。銀行口座を開くためには公的な身分証明書が必要で、また外国人は場合によっては有効なビザを提示しなければならないなど手続きが面倒であるため、例えば不法滞在者は銀行口座を開けないと思います(抜け道はあるかもしれませんが…)。したがってこの歌の主人公はおそらく小切手を銀行口座に入れず、ウェスタン・ユニオンのようなお店で給与小切手を現金化したのだと思います。中学生の当時この歌を聴くたびに「小切手を現金化するってどういうこと?何で小切手を現金化しないと遊びにいけないんだろう?」と素朴な疑問に思っていました。私は当時アメリカに住んでおり、給料が小切手で支払われるというのは知っていましたが、普通は銀行口座に一旦入れるため、すぐには現金化されません。おそらくどこかで現金化してもらうんだろうけど、手数料を払ってまで小切手を現金化しないと遊ぶお金もないなんて、この歌の主人公は自転車操業(今風に言えばキャッシュフローがない)なんだな…と子供心に思っていました。その頃はウェスタン・ユニオンの存在も知らなかったため、大人になってから「あ、そういうことか」と納得がいったのですが、その頃は銀行口座を開けない人の存在は知りませんでした。ウェスタン・ユニオンがあるところは市街地か移民の多い地区がほとんどで、郊外の住宅地にはまずありません。ウェスタン・ユニオンに用事があるのは主に銀行口座を持たないが給与が小切手で支払われるので現金化する必要がある人と、本国に送金する必要のある移民の人達です。もちろんウェスタン・ユニオン自身は他にもあらゆるサービスを手広く行っていますが、個人が店舗に行く用事というと主にこの二つだと思います。留学していた頃、ハーバードスクエアの隣の駅のセントラルスクエアの駅近くにはウェスタン・ユニオンのロゴのついたお店(代理店)を数多く見かけました。 そんなわけでウェスタン・ユニオンは移民社会には非常に根深く関わる存在なのですが、移民から高い手数料を搾取しているという理由でウェスタン・ユニオンを使うなというボイコット運動も何度か起こっています。そういう経緯からかウェスタン・ユニオン社は社会貢献活動の一環として移民が多く来ている国の団体に支援するなどしています。 ----- ウェスタン・ユニオンは日本人には非常になじみが薄いと思います。海外の旅行先で両替したりトラベーラーズチェックを現金化するのにお世話になるくらい?ちなみに日本ではスルガ銀行が唯一ウェスタン・ユニオンの送金を扱っています。しかしアメリカやイギリスの側面について(特に移民社会について)知ろうと思うとウェスタン・ユニオンの存在抜きには知りえることはできないと思います。留学中からウェスタン・ユニオンについてはずっと書きたかったのですが、結構纏めるのが難しくてやっと今日記事とするに至りました。 ロンドンにもウェスタン・ユニオンの窓口は街中至るところにあります。この黄色と黒のロゴを見ると「世界中いろんな人がいろんなところで暮らしているんだなー」とそこで暮らす人達に思いを馳せる自分がいます。 最近仲間に加わったカメカメさんとシロクマさんが、イギリス人ぶって(?)午後のお茶会をしているようです。----- カメカメ(以下K): 飼い主もロンドン滞在が長くなってきたよね。だいぶここの生活にも慣れてきたみたいだけど、週末が来るたびにどこに出歩こうか悩んでいるみたい。別に出歩かないで部屋でボーッとする一日があってもいいじゃないかって僕なんかは思ってしまうけど、実際それで一日が終わってしまうと「あぁ、もったいないことをした」っていう気分になるみたいだね。確かに狭い部屋にいても気分がふさぎこんでくるし、ここでの滞在は限られているから、仕事で来ているとはいえそれ以外のものも見ないとという気持ちはわかる。 シロクマ(以下S): イースター休暇にはスコットランドに行っていたし、先月はランズエンド(飼い主注:ランズエンドとはイギリスの南西の端にある岬です…下の写真参照ください)とか行ってるから別に出歩いていないとは思わないんだけど…。僕も毎回連れて行かれるし、寝台列車にも乗り飽きたよ、まったく…。彼女の面白いところは、近場に関しては出不精なんだけどいざ旅行に行くとなると結構一人でも遠くに行ってしまうことかな。イギリスにはスコットランド方面とペンザンス(ランズエンドに行くとき通過する町)方面への寝台列車があるんだけど、いずれも乗ってしまったから。僕も一緒に乗ったけど、乗り心地は悪くなかったよ。もっとも最近だいぶ暖かくなってきたから週末に出歩くのも楽しくなってきたって言ってたけど…最近は暑いくらいかな。今日も気温は25度だったし。もっとも僕はもともとインドア派だし、外に出ると辛いからずっと部屋の中なんだけど…。でもこの部屋エアコンついていないんだよね。 K: 安宿だとエアコンついていないところ多いみたいだよ。そうそう、今日はハイドパーク周辺をうろついていたらしいけど、暑いからか肌の露出度が高い服を着ている人が多かったとか言ってたね。上半身裸の男性とか、体形を省みず水着みたいな服を着ている人とかいて、やっぱり日本と違う感じー。S: たぶんこっちの人はあまり人に見られているっていう意識がないんだよ。でもそれに安心していると日本に戻ってから大変なことになるから、飼い主もその辺コントロールしないといけないんだろうけど。 K: そういえば、最近飼い主がヒマなときに数学の問題解いているよね。「大学への数学」の別冊を買ってロンドンに持ってきているし。一体どうしたんだろう? S: 受験生時代数学が不得意だったからそのコンプレックスを克服したいんじゃないの?よくそれで理工系の大学に行ったものだと思うけど。 K: そっか、シロクマさんはもう15年以上も飼い主と一緒にいるんだもんね(飼い主注:シロクマさんとは高校生のときからの付き合いです)。でも別に大学受験の数学をやる必要はないんじゃない? S: 大学受験レベルくらいが適当だからじゃない?この世の中には趣味で数学の問題を解く人もいるらしいよ。あと彼女の場合「これはこうなって、だからこうで…」という筋道立てて物事を考えるトレーニングをする必要性を感じたんじゃないかな。だってそういうの下手だもん。どっかで直感が邪魔して論理が飛躍してしまうんだよ。直感が働くのは必ずしも悪いことじゃないけど、場合によっては単に辛抱強くないだけで直感に頼ろうとする、つまり楽をしようとしてしまうんじゃないかな。 K: シロクマさん、冷静に分析しているね。 S: ところでさー、カメカメさんは野心ってある? K: 例えば? S: 地球制覇とか。 K: あるわけないじゃん、僕たちただのぬいぐるみじゃないか。できることには限りがある。でも、どうして? S: 最近知ったんだ。この世の中には地球を守るとか高尚なことを考えているぬいぐるみが存在するらしいよ。 K: 僕も風のうわさには聞いたことあるけど…僕らも本当は彼らの爪の垢を煎じて飲むくらいの気持ちで、日々向上心を持って生きなければないけないのかな、こんな優雅にお茶している場合じゃなくて。 S: そうかもね。でも本当のところを言うと飼い主を守るだけでも大きな任務だから、それどころじゃないな。長引くロンドン生活で、さすがの飼い主も最近は人恋しくなっているみたいだから。いやぁ、大変なんだよ。毎日遊んでくれって。飼い主の相手をするのも楽じゃないよ…トホホ。 ----- シロクマさん、どうもありがとう!!
留学が終わり職場に戻ってから10ヶ月が経ちました。現在私は滞在先のロンドンにて英文の書類(主に契約書関係)を読んで内容を解説する資料を作成したり、現地の弁護士や銀行家とやりとりして必要な書類や図表をまとめるといった作業を主に行っています。ケネディスクールに留学中の授業で習った内容はその一部が直接役立っており、一応会社に対しては留学したことが生きていると言える仕事ができていると思ってほっとしています。しかし必要な周辺知識や扱う契約書にある概念が難解であるなどあらゆるところで壁にぶち当たり、「自分の実力って本当に大したことないな…何て自分は頭が悪いんだろう」とほぼ毎日夕方くらいになるとうだつの上がらない自分がイヤになって気分が暗くなり始めます。その後しばらく仕事をしてこれ以上気力が持たないと思ったところで帰宅することにし、地下鉄に乗っている間悶々と考え事をしたり携帯電話のゲームをやって気を紛らわしたりしているうちに少し回復して部屋に戻る…という日々を過ごしています。
同じ留学仲間を見ていると、本当のところはよくわかりませんが、多くの人は夜遅くまでの激務も厭わず向上心を持って仕事をしているような気がします。またその結果成果を上げ収入や地位も上がっているのではないかと思います。またその収入や地位が欲しいという上昇志向があるからがんばれるという側面もあると思います。なので、そういう考えの持ち方と実際の仕事の仕方次第で30代前半にもなると差もだいぶ出てくるような気がします。幸い今の職場での仕事内容には満足しているものの、もう少しは上昇志向を持ってがんばらないともしかしてこれから給料は大きくは上がらないのだろうか…と思うとちょっと暗い気分になります。でも私は今でも(そこまで上昇志向を持っているかどうかは別として)それなりにがんばっているつもりだし、これ以上働いて老化が早まるんだったら(実際職場の同年代の人を見回すと頭髪や肌の見た目にも差が出はじめています)私は肌ツヤのほうをとりたいかも、と思い少し微妙な気がします。就職してから8~10年くらい経つと、働き続けるということにおいては覚悟(諦め?)がついてもそれとは別に昇進にこだわるべきかどうかということも考え始めるようになると思います。 私は学生の頃から、体力と精神衛生の両方の面でもたないからあまりに労働時間が長い仕事には就きたくないという思いが強かったので、少なくとも電車のある時間には帰れてなおかつ自分のやりたい分野の仕事ができるところで働きたいというのが希望でした。実際は不定期な長時間労働あり、頻繁な海外との往復(+時差ぼけ)ありのきつい仕事であり、学生の頃の見通しが甘かったということもありますが「何で自分はこんなに仕事をしているのか」と感じることはよくあります。なのである程度の上昇志向がないと精神的に苦しいので多少は持っているつもりですが、あんまりガツガツするのも何だかなぁ、当たり前のことを当たり前にしたいだけなのに…という複雑な気分で毎日働いています。他の留学仲間はどう思っているのだろう??
ロンドンで生活するようになりしばらくが経ち、イギリス英語にも少しづつ慣れてきました。アメリカ英語とは発音・イントネーション・言い回しにおいて異なる点が多く、初めのうちは相手が何を言っているのか分からずあたかも英語初心者みたいに何度も聞きなおしていました。さすがに2ヶ月近くが経ちだいぶ聞き取れるようになってきましたが、やはりアメリカにいるときよりも神経を使います。そんな中どうしても慣れない表現の一つにラブリー(lovely)があります。普通に考えると愛らしいとかいう意味なのでしょうが、こちらにいるとそういう思い込みがあると「!?」となり調子が狂います。例えば以下のようなシチュエーションが「ラブリー」なのだということが最近わかってきました。
<仕事の場で> 「次の会議はいつにしますか?私は火曜日の午後が空いていますが。」 「私も火曜の午後で構いません。」 「ラブリー。じゃあそうしましょう。」 <道を聞かれたとき> 「地下鉄の駅まではどのように行けばよいですか?」 「あの通りをまっすぐ行って、突き当たりを左に曲がれば駅ですよ。」 「ラブリー。どうもありがとう。」 辞書を引くと「結構な(fine)」という意味もあると書いてあり頭では理解できるのですが、特に男の人がラブリーを連発しているのを聞くとどうも「う~ん」と一人心の中でうなっている自分がいることに気づきます。またどういうシチュエーションがラブリーなのかを突き詰めて考えると、どうやら「自分にとって都合がいい」状況を指すようです。先に挙げた二つの例はいずれもそれに当てはまりますし、もう一人がラブリーと言っていたらどうもそれはしっくりきません。 このラブリーという表現は英国人でも使う人と使わない人がいます。女性は普通に使っていますが、男性だと使う人と使わない人はおそらく半々くらいかなぁ…。私の職場の英国人スタッフを例にとると、男性でも物腰が柔らかい感じの人は連発しているけど元軍人のスタッフは使っていないとか、やはり傾向はあるような気はします。ちなみに、日本人がラブリーを使うのは結構難しいと思います。使ってるシチュエーションが正しくても何となくイヤミったらしく聞こえるというか…。他に日本人がいればなおさらです。というわけで私はどうも恥ずかしい気がして使っていません。うまく使えるようになればアメリカ英語とイギリス英語の両刀使いへの道に一歩近づくのかもしれませんが、まだまだ道のりは遠いようです。
ロンドンに来てから1ヶ月が過ぎました。実は2週間ほど前から帰宅後に喘息のような症状が出て息苦しいことがあり、症状が続くので医者に行くことにしました。本当はもっと早く行きたかったのですが、会社に保険申請の手続きなどを確認してもらったりしていて時間がかかってしまいました。幸い保険で全額カバーされるということがわかり、手続きの簡単さなどから海外旅行保険を扱っている日系の診療所に行くことにしました。そのときの診察の際の会話を少し再現してみますと…
「2週間くらい前から少し息がしづらいというか、ゼーゼーする感じがするんです。もともとアレルギー持ちですし、小さい頃喘息もありましたが、大人になってからは全然出ておらず、こういう症状が出るようになったのはロンドンに来てからです。」 「生活の中では何か気づいたことがありますか。」 「私の予想ですが、地下鉄車内の汚い空気が原因だと思います。ビクトリア線(Victoria Line)とピカデリー線(Piccadilly Line)に乗ると特に調子が悪くなるんです。他の線と比べてこの線の車両は狭いし(都営大江戸線より狭いかも)古いしで、おまけに空調設備がついていなくて汚い空気を送風機能でかき回しているだけなんです。例えば1973年に作られた車両が今でも走っているんです。」 おっといけない、急に話が違う方向に行ってしまった…。先生も「何でそんなこと知っているんだ」という表情をしている…。ビクトリア線とピカデリー線では、Metro Cammellという昔あった英国バーミンガムの車両工場でつくられたとっても古い車両が使われています。この会社はのちに GEC Alsthom (現Alstom)に買収され、ここの会社がつくった車両も多く走っています。しかしこの工場は2005年に閉鎖されてしまいました。 「新しい車両には空気をきれいにする機能ってついているんですか?」 「そうですね、車両の空調にはフィルターがついています。まあエアコンのフィルターみたいな感じです。なので少なくとも汚い空気をそのままかき回すようなことはないです。ロンドン地下鉄のトンネル内を走る車両の空調フィルターは相当汚いと思いますけど。それがついている車両だったら、例えばノーザン線(Northern Line)だったら同じ狭いタイプの車両でも調子が悪くなりませんし。」 診察に来たのに私は一体何を話しているんだ…と思いつつも、「ビクトリア線とピカデリー線に乗るのをやめて迂回通勤するようになったら症状はだいぶ楽になったので…」と自分自身をフォローしていました。実際ここ最近はサークル線(Circle Line)という、車両が大きめ+地上を走ることが多い路線を使って少し大回りして通勤しています。それまで使っていたビクトリア線を使うルートと比べて15分くらい余計にかかるのですが仕方ありません。 結局ハウスダストか何かに反応している可能性が高いもののほかの可能性も排除できないということで一通り検査をすることになりました。幸い胸部X線を見たところ特に問題はなく病気の可能性は低いということで安心しました。来週採血の結果がでるので、それで何に反応したのかがわかるかもしれません。それまでの間は今日処方された吸入薬で様子を見ることになりました。
ロンドンに来てはや3週間が経ち、東京での日々の生活がだいぶ遠くの出来事に感じられます。現在の滞在場所はチェルシー地区というところで、日本でいうと白金や麻布みたいなところかもしれません。そこにあるウィークリーマンションみたいなところにいるのですが、高級ブランドのお店やこじゃれたカフェなどが軒を連ねています。ここに滞在しているのは会社が法人契約をしていて普通のレートより安くで泊まれるからなのですが、事務所からは少し遠くて地下鉄を乗り継いで30~40分かかります。
平日は朝8時頃部屋を出て、帰宅は夜10時~11時くらいのことが多いです。帰りがこれくらいの時間になるのはどちらかと残業というよりも、事務所の駐在員や他の出張者と夕食を食べて帰るからというのが主な理由です。私以外の出張者はほとんどが3日~5日程度の短期で来るため、ホテルに宿泊しておりどこかで夕食を食べる必要があります。ご一緒しなければならないということはないのですがその場の流れで…というのがいつものパターンで、たまには自炊したいのですがなかなか難しいです。飲食の量および内容に注意しなければ、と思いつつももともと食べるのは好きなので調整が難しいです。 週末は午前中朝寝して昼から活動というパターンが多いのですが、ここ最近は週末も仕事していました。観光もしたいのですが何せ街中はどこも人通りが多くて(東京よりひどいのでは?)歩くだけで人ごみに疲れてしまいます。でもこの前は近くに公共のプールがあるのを見つけてそこで泳いだりと、少しでも活動的な週末を過ごそうと努力しています。 いろいろ写真も撮っているのですが、不覚にもメディアのデータをパソコンに取り込むためのアダプターを忘れてしまいました。ロンドンで見つかれば買おうと思っているものの、まだ見つけていません。入手次第写真も載せたいと思います。 短いですが、取り急ぎ「元気にしてますよ」という近況報告まで。
明日からしばらくロンドンに滞在することとなり、この週末はその準備でバタバタしていました。荷物をまとめるのもそうですが、長く家を空けるにあたり必要な用事をあれこれ済ませたり人に会ったりとかで結構忙しかったです。先々週フランスとドイツに出張していて時差ぼけ状態だったこともあり結構体がしんどいですが、何とか体調を崩すことなくがんばっております。
今回の荷物は、普段使っている小さめのスーツケースに加え、大きいスーツケースも必要だったので買わなければと思っていました。しかし先週食事したときに友人が自分のものでよければ使っても良いと言ってくれました。キズがつくかもしれないけど本当に良いのかと念押しをしたら大丈夫ということだったので、これは渡りに船とばかりにお言葉に甘えることにしました。(スーツケースを使わせてもらったこともそうだけど、ひとまず今回は買う手間を省けたのも大きいです。いや、助かったよ。本当にありがとう。)こちらには日本食や衣類を詰め、今日運送業者に取りに来てもらいました。今は手ぶらサービスというものがあって、荷物を空港のチェックイン前に受け取る必要がない(到着先の空港のターンテーブルで受け取る)ので非常に楽です。チケットの種類やマイレージ会員の種別によってはこういうサービスがタダでついてきますので、私はほぼ毎回これを利用しています。 「来週からロンドンに行くことになってしばらく家を空けるから、ちょっと東京に来てもらえないかな」と親にお願いする電話をかけたとき、私の弟が4月から海外駐在になるという知らせを聞きました。今週末を逃すと当分会えないかもしれない…ということで日曜日急遽家族で食事をすることになりました。弟家族にしばらく会えないのも寂しいですが、それとはまた別に寂しかったのがかつての愛車との別れでした。昔大学院生のとき、大学が田舎にあったことや鉄道と比較した道路のネットワークに対する興味などから車を買おうと決め、修士1年の分際でホンダのシビックを新車で買ってしまったのでした。学生時代の通学の足だけでなく就職後もはじめは地方都市に住んでいたのでそのまま持って行き、生活の足として使っていました。あまり長距離の旅行をしたことはないのですが、ちょっとした温泉旅行にはこれで行ってたし、遊びにも使っていた愛車でしたが、2年半前留学する際弟にあげたのでした。しかし彼が海外勤務をすることになり、他に欲しいという知り合いもいないので手放すしかなくなりました。走行距離は45000キロ程度ですが10年経ってしまうとガリバーに持っていっても値が付かず、タダでなら引き取っても良いということでした。う~ん、寂しい。(もしご興味のある方がいらっしゃればご連絡ください。)というわけで車の記念撮影もしてきました。 長い旅行に出る前は、いつも寝ている寝床にしばらく会えないこともちょっと辛いかもしれません。一旦出発してしまえば大丈夫なのでしょうが…。現地についたら自分がどういう生活をしているのか、あまり想像がつきません。住む場所は決まっているものの、毎日そこから事務所へ通勤し、仕事し、部屋に帰り、家事をし、週末を過ごし…という一連のサイクルがどういう風に出来上がっていくのかは楽しみでもあります。いつまで滞在する予定なのかは今のところ未定ですが、少なくとも桜の季節は3年連続逃してしまいそうです。 そんな訳で、今後はヒマをみつけてロンドン滞在記(+他の場所の訪問記)を書きたいと思います。今後ともよろしくお願いします。 今朝起きたら外が一面雪景色でした。先週の日曜日もそうでしたが、こういう雪が積もった日にはボストンでの生活を少し思い出します。今日は久々にご登場のロブスターさんとクラムチャウダー(インスタントだけど)を味わいながら、当時のメモ書きを引っ張り出して読んでいました。メモ書きとは、ここで記事にしようとしてまとまらなかったネタを含め自分の頭の中を整理するための「落書き」が書き連ねてあるものですが、この連休に(最近更新していなかったこともあり)記事にしてみようかと思いました。今日はそのうちの一つ(最も古いもの)をご紹介したいと思います。 今回のネタについて。約1年後に留学することが決まり、当時付き合っていた人との関係をどうするかなどと少しづつ考え始めていた矢先、ふと本屋で手にしたノートがキレイだったので購入し、そこに何か文章を書いてみようと思いつきました。2004年6月23日と7月4日の2回だけ書かれていました。てにをはを少し直した以外は、全てそのままです。 ----- 6月23日(水) 昨日、会社のそばの丸善でこのノートを買いました。 日記帳と書いたものもあり、そういうもののほうが気分が出て続けられるかな、と思ったのですが1200円と高いのでやめました。代わりにこの350円のノートを買いました。 このノートはどうやらシリーズものらしく、全部で7色あるそうです。7冊分も書くかどうか分からないけど、とりあえず緑と青から始めようかと思って2冊買いました。 日記を書く手法の一つに、日記に名前をつけたり、あるいはお気に入りのぬいぐるみに向かって「~へ」という書き出して書く方法があるそうです。確かアンネの日記もそんな感じで何かに話しかける形で書かれていたと思います。 私は浪人時代から大学1年生の2年間ほど日記をつけていました。浪人時代は日記というより毎日何を勉強したかの記録につけていました。大学入学後もしばらくつけていましたが、いつの間にか面倒になったのかやめてしまったみたいです。あの時の日記帳も捨ててしまったのかどこかにいってしまったようです。 これは日記というより、むしろあなたへ伝えたいことの中でその日思いついたことを書く、というようになるかもしれません。とりあえず気が向いた日に気が向いた分だけ書くことにします。 今日は平日なので、これくらいにしておきます。 ----- 7月4日(日) 前に書いた日からあっさり10日が過ぎてしまいました。一度習慣になればわりと書けるようになると思うのですが、なかなか難しいようです。 昨日の夜、私があなたに対して、「自分の幸せを追求することを世の中のためになるようにつなげようとしている」ということを話していたときあまりピンときていない感じでしたが、無理もないのかな、と思います。私もそう思い始めたのはつい最近のことだし、ある程度自分に金銭的・精神的余裕がないとそうは思えないでしょう。私も大したことは何もしていないので偉そうなことは言えませんが、自分には何が向いているのか、どんなときに喜びを覚えるかについてはつきつめて考えてきたつもりです。これらをつきつめて考えることにより自分のやりたい(なおかつできる)ことが何かが少しづつわかってきて、それが実現できる環境を探し、そこに自分が身を置き日々行動することによって精神的余裕(金銭的余裕はとりあえず今の会社にいれば後からついてくると思います)が生まれ、他人や世の中について関心を抱けるようになるのではないかと思います。 しかしこれは極めてトップダウン(演繹的)な考え方であり、会社で働いていろいろな人と話をしていると、このような考え方をする人はむしろ少数派なのかな、と思います。多くの人は、今現在自分自身が置かれている環境でうまくやっていけるよう努力を重ねていくうちに(自分が体験する特定の現象を通じて)自分は何者かについていろいろ気づくのかな、と思います。私も多分大学3年くらいまではそうだったと思います。自分の中の認識もそれくらいのレベルにとどまっていたような気がします。他人に関心を抱く余裕も全然なかったかもしれません。 ようするに何が言いたかったかというと、今のあなたはあまりその辺のことをつきつめて考えた経験がなくて、そのことが将来何か壁にぶち当たったときに取り返しの付かない挫折を招いたり、あなたの能力が開花しないで終わってしまうのでないか、と私が心配しているということです。 普通の友人だったらここまで言うのは正直余計なお世話だと思います。私だってかなり自分のことを知っている人、あるいは自分の尊敬する目上の人でないと、そういうことを言われたら反発するでしょう。でも、あえて言います。そこまでするのは、あなたのことを本気で考え関心を持っているからです。 もう一度書きます。自分についてつきつめて考えることは、これから生きていく上であらゆる困難に直面したとき自分をさせる精神的支柱になると私は思います。 あなたも今日私と話していたときも「俺も一回悩んでみたい。かっこよさそう。」と言っていたよね。でもそう思っていても何をどうやって考え込めば良いのか、その糸口がつかめないでいるのかな、と思いました。 次回は、私自身がどのように考えてきたのかについて書きます。 ----- ちなみに、これ以降ノートは白紙です。このノートには書き続けることができなかった私が、ここでの記事は不定期ながらも書き続けることができているのは何だか不思議な気がします。この相手とは、この約2年後私から別れることを決めました。 連休明けからしばらくヨーロッパに滞在する予定です。ここには現地でのプチ駐在記を書ければいいな、と思っているのですが…。仕事柄あまり先の予定が立たない(意外と日本にいたりするかも)ので成り行きに任せる(play it by ear)ことにしたいと思います。
何か某予備校のキャッチフレーズみたいですが、仕事および私生活において毎日文章をどう書くかばかり考えているような気がします。留学中も「500ワードのメモ」や「1000ワードのペーパー」などはしょっちゅう書いていたのでだいぶ慣れたような気もしますが、英語と日本語で違うというのもあります。内容によっては英語で書くほうが日本語よりスッキリ書けるので英語で書いたほうが楽だと思うこともあります。しかし英語ばかり書いているとこれまた日本語のほうが怪しくなってくるし…というわけで留学中この記事を書くのは日本語の作文をする機会をつくる良いきっかけになっていたような気がします。日本に戻ってきてからは当然日本語を使う機会が多くなったので、割と文章はすぐに出てくるようになったかもしれません。
仕事ではあらゆる立場の人とやりとりをするので、伝えたい内容を簡潔に伝え、かつ伝えなくてもいいことを伝えないというのは日々難しいなぁと感じています。人にものを伝える手段は、対面・電話・手紙・ファックス・メールなどなどありますが、仕事でよく使う手段は対面(ミーティング)と電話とメールです。それぞれの通信手段にはそれぞれの特徴があり、内容によっては向き不向きがありますので、手段を慎重に選ぶ必要があります。 日々の生活の中で一番難しい通信手段は携帯メールかな…と思うことがあります。事務的な連絡ならともかく、とりとめのない内容ほどどう返せば良いのかわからなくなるときがあります。日々の出来事を書かれても私は今外出中なんだよー!と思うこともあれば、ちょっとヒマができたときにあれこれ打つのが結構楽しいときもあります。ただPCメールとは違って相手がどういうシチュエーションで読んでいるかが想像しにくい+長いと読みづらいこともあり、最終的に送信する前に何度も推敲している自分に気づくことがあります。携帯メールでは、PCメールよりも一字一句に気を遣います。敬体・常体・タメ口のバランスや、「~です」と書くか「~ですね」と書くか「~ですよ」と書くかでどうニュアンスが違ってくるか、なんてことも無意識のうちにおそらく考えているような気がします。例えば陶芸家は自分の納得のいく作品ができるまで100作品くらい作り続け、残りのものは全て割ってしまうなんていうのを子供の頃本か何かで読んだ気がしますが、ちょっとわかるような気がします(大げさかな)。もっとも、携帯メールを受け取っている相手に対してはそういう「行間」まで気づかせたくなく、私が一人で勝手に気を遣っていることが多いのですが。 ----- 私の勤務先では、入社2年目の終わりにそれまでの担当業務をネタに論文執筆+発表をすることにより晴れて総合職になるというならわしがあります。これは多分に儀式的な意味合いもあるのですが、自分の考えをまとめて相手に伝えるというトレーニング的要素も大きいと思います。現在私は部下の男の子の指導をやっているのですが、前途多難…。作文力(と図表作成力・レイアウト力)をもって複雑な物事を相手に伝える経験があまりなかったんだなぁと感じます。今週末もこのために休日出勤をしなければなりません。 彼には「親身の指導」で接していきたいと思います。
この週末、神保町のとあるロハス系レストラン(オーガニックとかマクロビオティックス系、かな)でお食事会がありました。今から5年前、2003年にFASID(財団法人国際開発高等教育機構)というところが始めた国際開発入門コースという講座に通っていた人達とのネットワークが今でも続いており、誰かが言い出したタイミングで極めて不定期に食事会が開催されます。私が留学に行く前には屋形船で花火を見る会を開催して頂きました(といってもたまたまタイミングが合っただけですが)。今回留学から戻ってきたということもあり久々に行くことにしました。
皆この時期忙しいからか参加者は6名しかおりませんでしたが、毎回近況報告を聞くのが非常に楽しみです。海外に仕事あるいは留学でいる人、転職した人…さまざまな人が世界のあちこちに散らばって自分の道を進んでいるのだなぁ、と感じます。カバーされていないのはオセアニア大陸くらい?というほどいろんなところに人がいて(かく言う自分もボストンに半年前までいましたが)驚かされます。 ちなみにこの講座、今でも年1回のペースで開催されているようです。これは国内座学+海外研修の2本立てなのですが、国内研修のみ参加することも可能です。私は残念ながら海外研修のときに予定が入っており国内座学しか参加していないのですが、海外研修(タイ)に行った人によると、滅多に会えない人達に会える極めて貴重な研修旅行だったようです。う~ん、行きたかった。 ----- なぜ私がこの研修に参加したかというと、何とか自分の専門分野である鉄道を、人の人生の選択肢を増やすことに貢献するようつなげることができないかなぁと考えていたからです。あとは当時入社4年目で「自分はどうありたいのだろう」などとあれこれ悩んでいた時期というのもあると思います。研修で学んだ分野で働くことについては大学生の頃から興味はあったのですが、国際協力とか国際開発という言葉ありきで自分の進路を考えると途中で行き詰まりそうというか、それはあくまで手段であって自分の本当にやりたい分野は何か…と考えると交通関係、その中でも鉄道関係だったのでそちらを念頭に置いてキャリアを積むことを考えることにしました。今から思えばこの考えは間違っていなかったと思います。FASIDで出会った人達も電力や林業、環境関係など多くの人がそれぞれ自分の専門分野というのものを持っています。私も幸いケネディスクールに留学する機会を得ることができ、その後自分の専門分野について引き続き実務経験を積むことができています。これもあらゆる人との出会い・しかるべきタイミングでのよきアドバイス・慎重でも時には思い切りの良い意思決定…この積み重ねのお陰だと思います。
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