<日々の出来事> 韓国語学習

보스톤에서 안녕하세요!

a0079741_11152100.jpg夏休み中は週1~2回くらい午前中学校で韓国人同級生から韓国語レッスンを受けています。厳密に言うとlanguage exchangeというもので、私が1時間彼に日本語を教えるのと引き換えに彼から1時間韓国語を教えてもらうという形式です。今年の初めから不定期にやっています。韓国語は2年ほど前からダラダラとやっているもののなかなか中級への壁を越えることができません。やり方が悪いのとあまり真剣にやっていないのと両方が主な理由だと思います。でも言語だけでなく考え方やメンタリティを学ぶ良い経験をしていると思います。今レッスンを受けている相手であるデインさんは、元新聞記者の同級生です。韓国語は漢字由来の言葉が多いため彼は難しい言葉はよく知っているのですが日常でよく使う表現がかえって難しいようです。この前ゴミについて「日本ではゴミは生ゴミ・燃えるゴミ・燃えないゴミ・資源ゴミ・粗大ゴミに大きく分かれます」という話をしたとき、生ゴミという単語が理解できなかったようでなぜ生ゴミというかの説明に苦労しました。英語にしたら「フレッシュゴミ」??何か違うなー。

なぜ韓国語をやっているのか…?私の韓国への興味は韓流ブームから来た訳ではたぶんないと思います。私の出身である京都市は在日コリアンが比較的多いところであり、私の通っていた小学校・中学校の同級生にも多くいました。民族名を名乗っていた人もいれば日本名を使っていた人もおり、日本名を使っていた人に関しては当時はわからず、大人になってから振り返ると「実はあの人そうだったのかな」という人も何人かいます。小さい頃同級生の家に遊びに行ったら何か家の装飾が違って、少なくとも日本テイストではないということは子供ながらに感じ取れて「この人日本人じゃないのかな」と思ったことは今でも覚えています。その頃はなぜ日本語が母国語で日本でずっと彼らが暮らすに至ったのかが全く理解できなかったのですが、それはそれとしてそのまま受け止め、また周りの環境もそうだったので良い意味であまり深く考えず子供時代を過ごしていたと思います。しかし大人になってから同じ意識だといけないな、と思い始めました。

私は小学校5年生の時に父の仕事の都合で初めてアメリカに住む機会を得ましたが、私の最初の異文化体験はそれより前にものすごく身近で起こっていました。その原体験から得た気持ちを消化する努力せずして、自分の海外経験や国際化について語ることに対してものすごく抵抗があります。私は相対的に見てドメスティックな人間ではないと思いますが、かといってそんなにインターナショナルな人間でもないと思います。従って自分自身の内面の意識改革を忘れないようにするためにも韓国語学習を続けていこうと思っています。それに、ケネディスクールには優秀な韓国人学生がたくさんいますし、彼らから教えてもらえる非常に恵まれた環境にいることを幸せに思います。(韓国語でも中国語でもタイ語でも何でも良いのですが私の場合はたまたま韓国語であった、ということです。)

どういうアプローチをとるかは人によると思いますが、私の韓国語学習はこれからもゆっくりとではありますがしばらく続きそうです。
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by coast_starlight | 2006-08-23 01:15 | 日々の出来事


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