<考え方> それが筋だ、って言われても…

今までの私の人生において、学業面や友人関係でトラブルが起こり、人を怒らせたり不快感を与えてしまったことがたびたびあります。そういう時一番言われて「ぎゃふん」という気持ちになるのが、「…するのが筋じゃないのか」という言い方で不快感を表されたときです。トラブルの原因は私の怠慢や能力不足・手違いといった私の側に問題がある場合もあれば、お互いの認識や考え方の違いが原因の場合もあります。そういうとき、相手を怒らせてしまったのは事実だからそれについては何はともあれ謝りたいと思い謝ります。でも私がいつも思うのは、

「『あなたのその行為/言動に対して、僕は/私は腹が立った』という言い方で十分なのに、どうして『…が筋じゃないのか』と客観性の鎧をまとわないと自分が不快だと言えないのだろう?世の中の一般的価値観(ほかの人が同じ状況に陥ったときに多くの人はどう思うか)はどうでもよくて、ほかでもない彼/彼女に不快感を与えてしまったという個別の事実が私にとっては重要なのに…。」

ということです。そうは言っても正面きって「あなたを怒らせてしまったことについては謝ります。しかし私は必ずしもそれが筋だとは思っていません。」と言ってしまうとたぶんケンカになってしまいます。だからたいていの場合はそこまでは言わないでひたすら謝ります。(かなり信頼のおけると思っている相手なら正面きって言う可能性もありますが…。)

つきつめて考えれば「自分が不快感を抱いた」ということと「それが筋かどうか(世の中の道理にかなっているかどうか)」は別問題です。それに「僕/私が世の中の道理だと思っている考え方に外れたことを君はしたんだ。だから不快だ。」という言い方はある意味かなりきつい言い方だと思います。これらのことに気づかずにお互いが自分の正当性を述べ始めたりスジ論になってしまうと収拾がつきません。

なぜこのようなことを考えたのかというと、英語で会話をしていると、腹が立ったときそういう言い方している人を聞いたことがないなーと思ったからです。「それが筋ではないか」というのを英語にすればおそらく「I think that's the way it should be」とでもなるのでしょうが、たぶん英語でこう言ってもその後に「I'm upset/annoyed/frustrated/uncomfortable」などとつけないとほかの人に対して自分の不快感は伝わらないと思います。単に「So?」と思われて終わりです。

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日本語には「筋を通す」という表現があります。自分なりの首尾一貫性を保ちつつ、自分自身に対して説明責任を果たす(to be held accountable)べく私も日々生きているつもりではありますが、自分が筋だと思っている信念はあっても「それが筋じゃないの」と人に言わないように注意しているつもりです。なぜなら、人それぞれ考え方は違うから。Everybody is different. 今いる環境では、このことをイヤというほど思い知らされます。
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by coast_starlight | 2006-10-02 06:27 | 考え方


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