<話のネタ> どこに軸足を置くか

私のクラスメートに、大学卒業後某国に移り、その国の言葉を完璧にマスターしある程度の成功を収めた後ケネディスクールに来たというあるアメリカ人がいました。卒業後はアメリカ国内で希望する分野の仕事を探していたようですが、卒業式の時久しぶりに話したらまたその国にしばらく行くとのこと。詳しいことはわかりませんが、アメリカでの仕事探しがうまくいかなかったのではないかと察しました。アメリカで働いたことがないと言っていたので、そのことがマイナスに働いたのかもしれません。これを聞いて、私はとっても複雑な気分になりました。ちなみにこのような人は別段珍しくありません。日本人の知り合いにだってこういう人はいます。

私が日本でインターナショナルスクールの高校に通っていたとき、日本の大学に行くかアメリカの大学に行くかという決断を迫られていました。インターナショナルスクールに通っていれば、(当時だとICUや上智大学など一部の学校を除いて)日本の大学に行くよりはアメリカ(あるいは他の英語圏)の大学に行くほうが入学準備は楽です。小5~中1のアメリカ生活の後、中3の秋にアメリカに再び渡ることになった時点で日本の高校教育を受けることはないという見込みだったのでアメリカの学校での勉強しかしていなかったのですが、日本の学年でいう高2の夏に日本に帰ることになったものの日本の学校に自分が行きたいと思うような受け入れ先はなく、半ばやむなくインターナショナルスクールに入ったという事情がありました。しかし当時インターナショナルスクールを出ても日本の高卒資格とは認められないためそのままでは日本の大学は受験できないということも知っていました。でも正直なところは、こんな中途半端な時期に日本とアメリカを行ったり来たりしなければならなかったのは私のせいじゃないというふてくされた気持ちと、このことを自分の将来にマイナスに働かせたくないという意地という二つの気持ちに折り合いをつけつつ、実際問題として自分の行きたい学校(「自分の行ける学校」だけでないことがポイント…もちろんこれも満たす必要がありますが)への入学許可を得るという難しい作業を進めなければならないという、半ば降って湧いてきた運命に対する諦めの気持ちが私の頭の中を支配していたのだと思います。

結局私が日本の大学に行くことを選んだのは、将来日本に軸足を置くことの可能性を残しておきたかったというのが主な理由でした。18歳の時点で将来自分がどちらに軸足を置きたいと思うか、その判断がつかなかったのです。あとは、何だかんだ言って自分は日本人なので(なぜこの結論にたどり着いたかはこちらの記事を参照ください)、日本企業に入って日本社会に貢献したかったという考えもありました。もっとも、最近は必ずしもそういう考え方でもないですが。「もしあのときこうしていれば」という反実仮想を言っても仕方ないですが、学部の時点でアメリカの大学に進んでいれば日本に戻れなくなっていたかもしれません。戻りたくないと思っていればそれでいいのでしょうがそういう保障はどこにもないし、物理的に戻るこは当然いつでも可能ですが、自分の希望する仕事に就けない可能性は大きいですし、年をとればとるほど自分に合った職探しという点で戻るのが難しくなります。

しかし、問題は職探しといった生活面の話だけではありません。前述のクラスメートの場合は、大学に入るまで一度も実家を離れたことがなかった(つまり高校卒業までは安定した環境で過ごしてきた)そうなので私とは違って自分がアメリカ人であるという意識自体には自信を持っているのだと想像します。だから大学卒業後違う世界に自分から飛び込めたのかもしれません。そうでないと大人になってから精神のよりどころとしての自分の民族性・国籍に疑問を抱き、ひいては自分とは何者かというアイデンティティーに苦しむリスクに晒される可能性が高くなるというのは、自分および似たような環境を過ごしてきた人を見て痛切に感じました。何だかんだ言って大人になるまで同じ国・教育システムで過ごしてきた人はそのこと自体がアドバンテージではないかと思います。もちろん子供時代に異文化を経験できること自体貴重な経験かもしれませんが、上記の点においてかなりリスクが伴います。そうは言っても、前述のクラスメートに対しては、知り合いもいない国に一人飛び込んでいろいろなことをやってきた、そのリスクをとったことに対して私は尊敬しています。逆に私は20代の頃そのリスクがとれませんでした。

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ところで、先日の卒業式でもリスクをとって行動することの重要性を学長が説いていました。果たして、私はリスクをとって生きてきたのでしょうか?自己評価ではかなり手堅く生きてきてあまりリスクをとっていないような気がします。2年近くの間、働く代わりに留学生活を送っていたこと自体リスクを伴う行動ともいえますが、自分が一度「こうしたい」と思ったら止められない自分の性格をわかっているので、私にとっては留学しないことのほうがリスキーな行動だっただろうと思います。一番怖いのは、リスクを伴うことをしているという認識のないままリスクを伴う行動をとることです。何が自分にとって(ここが重要…世間や周りの人のモノサシではなく、自分のモノサシで見て、です)リスクを伴う行動で何がそうでないのか、それを見極める検討作業はこれからも当分続きそうです。その検討作業における評価基準の中で重要なのは結局自分がどこに将来の軸足を置くべきかということになるのですが、まだ答えが出ていないようです。
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by coast_starlight | 2007-06-23 11:21 | 話のネタ


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