2006年 07月 24日 ( 1 )

<考え方> ナイーブじゃダメ!? (前回の続き)

今日(7月23日)は土曜の丑でしたね。ウナギ食べましたか?ウナギは私の好物の一つです。食べていない人(私も含め)は、この写真イメージをプレゼントいたしますので気分だけでも味わってください!

<例題 ~行列のできるウナギ屋~>

竜安寺を観光した後、あなたは同僚とウナギ屋で昼食をとることにしました。店主とその奥さんの2人だけで営業しているこのお店は客が15人も入れば満杯になるほどの一見目立たない小さなお店です。しかし毎日必ず行列ができるほど有名で、また唯一のメニューである鰻定食は1日100食限定であるため特に土日はお昼でも遅く行くと売り切れてしまうことがあります。豆腐料理や精進料理といった京都によくある料理だと体格のいい同僚はすぐおなかがすくだろうと考え、日本を代表するスタミナ料理である鰻定食を食べさせてあげたい(+自分も食べたいから)という理由でこのウナギ屋に行こうと思いあなたは事前にこの店をチェックしていたのでした。11時頃竜安寺を出てタクシーで向かった2人は無事間に合いました。

a0079741_124809.jpg店の外で30分、さらに店の中に案内されてから15分ほど待った後、待ちに待った鰻定食が運ばれてきました。脂ののった、炭火で焼かれたウナギに店主秘伝のたれがほどよく調和し、京丹後コシヒカリのご飯と一緒にほうばるとそれはもう至福のひととき…とろけるような身の部分とパリッと焼かれた皮のコントラストを口の中で味わえるこの幸せ!喜びに浸ってちょっと自分の世界に入っていたあなたに対し、同僚が質問してきました。

「ところでなぜこのお店にしたの?」
「この前あるテレビ番組でここのお店が紹介されていて店主に興味を持ち、京都に来た際は是非こちらに行きたいと思っていたのです。それまで取材拒否を貫いてきた店主がやっと答えてくれたというインタビューで店主がこんなことを言っていたんですよ。
『15歳で弟子入りしてから40年以上、この道一筋でやってきました。鰻の蒲焼をつくるのでは誰にも負けない自信があります。しかし経営とか難しいことはよくわかりません。十分食べていけるだけの稼ぎも得ていますし、今のままで満足しているのです。だから今以上店を広げるつもりはありません。特にここ最近かなり暑いですから炎天下でお客様にお待ちいただかなければならず大変申し訳なく思っています。でも妻と私二人の力だとこの大きさの店で1日100食お出しするのが限界なんですよ…。』
道を究めようと一つのことにひたむきに打ち込んできた店主の姿勢に感動して、是非この人がつくる鰻定食を食べてみたいと思い、今回京都に来る際にこのウナギ屋に行こうと心に決めていたのです。」
「確かにこのウナギは相当おいしい。いい店に案内してくれてありがとう。でもそのコメントは単に店主がナイーブなだけに聞こえるけど…僕は尊敬できないなぁ。こんなにおいしい鰻定食を他に広めようと思わないなんて、僕には考えられない。」

思いもよらぬ答えにあなたは一瞬困ってしまいました。さてどう返しますか?

-----
私だったらどう答えるでしょうかねぇ…。

「ナイーブという言葉は日本でも外来語として使われているのですが、違った意味になっています。日本語でナイーブというと『純真な・素朴な(pure、sensitiveが近いでしょうか)』といったポジティブな意味で使われます。英語でいう『単純な・稚拙な』といった悪い意味ではありません。でもこれは言葉が日本語に取り入れられて意味が変わったのではなく同じ現象の捉え方が異なるため別の意味になったのだと私は思います。従って私はこの店主がナイーブだと思うあなたの気持ちを必ずしも否定しません。ただ私はナイーブを日本語的に解釈し、邪念にとらわれずただベストの鰻定食をつくるという一つのことにひたむきな純真な店主に対して尊敬の気持ちを抱きます。

先ほど竜安寺でお話ししたつくばいの話でいうと、この店主が今以上に店を広げようとしてこなかったのは『吾唯足るを知る』のところで止める道を選んだからかもしれません。いや、表向きに見ると弟子もとらず毎日決まった数の鰻定食を作る仕事を繰り返しているように見え、確かにそれは『ナイーブ』であると言えるかもしれません。ですが、ひょっとしたら店主は自分の中で最高の鰻定食をつくるため道を究めるのに専念したいから、それ以外のことを考える時間と手間が惜しいからあえて今のスタイルにこだわっている…そう解釈すると実は自分との戦いに対してはかなり野心家と言えるのではないですか?実は、全日本鰻蒲焼きコンクール最優秀賞の賞状が店の奥のほうに貼ってあったのに気づいたんですよ。」

この例題は(前回も含め)実話に基づいたものではなく全くの想像で書いたものなので、こう答えてどういう反応が返ってくるのか今ひとつ想像がつきません。こういうメンタリティってアメリカ人に理解してもらえるかな…。アメリカに住んで通算5年経ちますが未だに確信を得ることができません。

日本語だとナイーブというと「純真な」という意味でよい意味で使われることが多いです。でも英語だと「考え方が稚拙、幼稚である」といったかなりネガティブなイメージで使われます。ある会社が「ナイーブ」というブランドでシャンプーやボディーソープなどを出していますが、初めて商品が出たときコマーシャルを見た私は「このネーミングまずいんじゃないの」と思いました。でもこの名前でブランドが確立し根強い人気を保っているところからすると、実はこのネーミングを考えた人は先見の明があったのか?と複雑な気分です。(やはり最初直感的に抱いた不安はぬぐえない)

-----
ケネディスクールは各界のリーダーを養成する機関であり、実際リーダーとして持つべき考え方について学べる授業が数多く開講されています。リーダーシップそのものを学ぶ授業は秋以降履修予定でリーダーシップに関して深く学習したわけではありませんが、私がリーダーとして重要だと思うのは「ナイーブな人がナイーブでいられる幸せを提供すること」だと思います(これ、ゆめゆめ誤解しないで下さい!ここでいうナイーブは日本語的な意味で使っています)。人の上に立つためには、確かにナイーブだと務まらないと思います。加えてどういったリーダーを目指すかにもよりますが一定以上の野心も必要だと思います(魑魅魍魎が跋扈する環境ならなおさら!)。でもこの世の中に生きている人は皆が皆野心家ではありません。生まれてからずっと同じ地域に住み故郷を愛し、幸せな家庭を築くことさえできればそれでよい、そう思っている人だってたくさんいるはずです。そういう人たちしっかりとした土台をつくってくれているからこそリーダーは各地を飛び回りリーダーとしての役割を果たせるのだと私は思います。従って人を尊敬するかしないかを「ナイーブかどうか」で判断しないよう、ややもすると今のような環境にいるとその罠にはまりかねないので私も常日頃自分に言い聞かせています。


※注 
イメージ写真はお金を出して素材屋のサイトから買ったものです(値段は鰻定食(松)くらい)。写真ってタダじゃないんですよ…勝手にダウンロードしてWebに載せたりされないようお願いいたします。どうしても欲しい…という場合は連絡下さい。
[PR]
by coast_starlight | 2006-07-24 13:02 | 考え方