2007年 06月 23日 ( 2 )

<話のネタ> どこに軸足を置くか

私のクラスメートに、大学卒業後某国に移り、その国の言葉を完璧にマスターしある程度の成功を収めた後ケネディスクールに来たというあるアメリカ人がいました。卒業後はアメリカ国内で希望する分野の仕事を探していたようですが、卒業式の時久しぶりに話したらまたその国にしばらく行くとのこと。詳しいことはわかりませんが、アメリカでの仕事探しがうまくいかなかったのではないかと察しました。アメリカで働いたことがないと言っていたので、そのことがマイナスに働いたのかもしれません。これを聞いて、私はとっても複雑な気分になりました。ちなみにこのような人は別段珍しくありません。日本人の知り合いにだってこういう人はいます。

私が日本でインターナショナルスクールの高校に通っていたとき、日本の大学に行くかアメリカの大学に行くかという決断を迫られていました。インターナショナルスクールに通っていれば、(当時だとICUや上智大学など一部の学校を除いて)日本の大学に行くよりはアメリカ(あるいは他の英語圏)の大学に行くほうが入学準備は楽です。小5~中1のアメリカ生活の後、中3の秋にアメリカに再び渡ることになった時点で日本の高校教育を受けることはないという見込みだったのでアメリカの学校での勉強しかしていなかったのですが、日本の学年でいう高2の夏に日本に帰ることになったものの日本の学校に自分が行きたいと思うような受け入れ先はなく、半ばやむなくインターナショナルスクールに入ったという事情がありました。しかし当時インターナショナルスクールを出ても日本の高卒資格とは認められないためそのままでは日本の大学は受験できないということも知っていました。でも正直なところは、こんな中途半端な時期に日本とアメリカを行ったり来たりしなければならなかったのは私のせいじゃないというふてくされた気持ちと、このことを自分の将来にマイナスに働かせたくないという意地という二つの気持ちに折り合いをつけつつ、実際問題として自分の行きたい学校(「自分の行ける学校」だけでないことがポイント…もちろんこれも満たす必要がありますが)への入学許可を得るという難しい作業を進めなければならないという、半ば降って湧いてきた運命に対する諦めの気持ちが私の頭の中を支配していたのだと思います。

結局私が日本の大学に行くことを選んだのは、将来日本に軸足を置くことの可能性を残しておきたかったというのが主な理由でした。18歳の時点で将来自分がどちらに軸足を置きたいと思うか、その判断がつかなかったのです。あとは、何だかんだ言って自分は日本人なので(なぜこの結論にたどり着いたかはこちらの記事を参照ください)、日本企業に入って日本社会に貢献したかったという考えもありました。もっとも、最近は必ずしもそういう考え方でもないですが。「もしあのときこうしていれば」という反実仮想を言っても仕方ないですが、学部の時点でアメリカの大学に進んでいれば日本に戻れなくなっていたかもしれません。戻りたくないと思っていればそれでいいのでしょうがそういう保障はどこにもないし、物理的に戻るこは当然いつでも可能ですが、自分の希望する仕事に就けない可能性は大きいですし、年をとればとるほど自分に合った職探しという点で戻るのが難しくなります。

しかし、問題は職探しといった生活面の話だけではありません。前述のクラスメートの場合は、大学に入るまで一度も実家を離れたことがなかった(つまり高校卒業までは安定した環境で過ごしてきた)そうなので私とは違って自分がアメリカ人であるという意識自体には自信を持っているのだと想像します。だから大学卒業後違う世界に自分から飛び込めたのかもしれません。そうでないと大人になってから精神のよりどころとしての自分の民族性・国籍に疑問を抱き、ひいては自分とは何者かというアイデンティティーに苦しむリスクに晒される可能性が高くなるというのは、自分および似たような環境を過ごしてきた人を見て痛切に感じました。何だかんだ言って大人になるまで同じ国・教育システムで過ごしてきた人はそのこと自体がアドバンテージではないかと思います。もちろん子供時代に異文化を経験できること自体貴重な経験かもしれませんが、上記の点においてかなりリスクが伴います。そうは言っても、前述のクラスメートに対しては、知り合いもいない国に一人飛び込んでいろいろなことをやってきた、そのリスクをとったことに対して私は尊敬しています。逆に私は20代の頃そのリスクがとれませんでした。

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ところで、先日の卒業式でもリスクをとって行動することの重要性を学長が説いていました。果たして、私はリスクをとって生きてきたのでしょうか?自己評価ではかなり手堅く生きてきてあまりリスクをとっていないような気がします。2年近くの間、働く代わりに留学生活を送っていたこと自体リスクを伴う行動ともいえますが、自分が一度「こうしたい」と思ったら止められない自分の性格をわかっているので、私にとっては留学しないことのほうがリスキーな行動だっただろうと思います。一番怖いのは、リスクを伴うことをしているという認識のないままリスクを伴う行動をとることです。何が自分にとって(ここが重要…世間や周りの人のモノサシではなく、自分のモノサシで見て、です)リスクを伴う行動で何がそうでないのか、それを見極める検討作業はこれからも当分続きそうです。その検討作業における評価基準の中で重要なのは結局自分がどこに将来の軸足を置くべきかということになるのですが、まだ答えが出ていないようです。
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by coast_starlight | 2007-06-23 11:21 | 話のネタ

<考え方> 割引率

割引率(discount rate)というと、企業価値などを評価する際に将来の価値を現在の価値に直すために使うレートというのが主な概念だと思いますが、人間関係における「割引率」って何でしょうか?身近な例として以下のような状況を考えてみたいと思います。


<例題> スーツケース貸してよ

昨年のある水曜の夜、携帯にある友人(アメリカ人)からメールが入っていました。3泊ほどの小旅行をするのだそうです。

「今小さいスーツケースがないから、もしいいのがあれば貸して欲しいんだけど。」

「いいよ。で、いつがいいの?」

「土曜日の朝に取りに行っていい?金曜日にメールするから。」

「わかった。おやすみ。」


金曜日の夜。自分からメールすると言っておきながらまだ連絡してこないし。私もそろそろ眠くなってきたよ…と思いメールしました。

「明日10時に学校に行かなければならないから9時45分に学校へ行く通り道の交差点で渡したいんだけどそれでもいい?」

「9時にそっちに取りに行っていい?」

「早めに欲しいんならそれでもいいけど。私の家の前に来たら電話して。下まで持っていくから(私の家は17階)。」

「わかった。」


そして、土曜日の朝。9時半頃になっても何の音沙汰もなし。9時に取りに来るって言ったじゃん!それに私の家は彼の家から歩いて5分くらいだし、大して来るのが面倒な訳ではないはず。そろそろ学校に向かわなければならないので電話(留守電)とメールにメッセージを残し、9時40分頃家を出ました。で、10時ごろ彼から返信が来ました。

「ごめん。寝すごした。今回はいいよ。また戻ったら会おう。」

さすがに「オッサン何カマしてんねん!」って一瞬心の中で思いましたよ!でも、以前の自分だったらすぐ機嫌を悪くしていたと思いますが、別に腹は立ちません。たぶんこれで友人関係が壊れることもありません。どうしてでしょう?


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答えは簡単。私の中で彼に対する「割引率」が高いからです。それまでの経験から「やっぱりやめる」と言ってくる可能性は高いと思っていたので、初めから話半分(あるいはそれ以下)に聞いていたからです。(ハーバードの学生だったらその辺ちゃんとしてると思ったら大間違いですよ…。)別にそれが相手に対して失礼になるということはありません。実はその水曜日の夜、メールが来る少し前まで私は彼と(夕食か飲みかは忘れましたが)一緒にいたのです。本当に困っていたのならその時に話をして帰り道に渡すということもできたので、後になってから携帯メールが来た時点で「この人思いつきで言ってるな」と少し思ったのも事実です。従って、彼にスーツケースを貸そうが貸すまいが私から見て失うものは何もありません。特に自分のスケジュールを変えることもないし(逆に言うとこれくらいの用事じゃ変えない)、私の頭の中のメモリ全体におけるこの出来事の占める比率はかなり低かったので、今振り返っても「あぁ、そんなこと言ってたな」くらいにしか思いません。ただ、彼に対する割引率はさらに上がったかもしれませんが。あんまり優しく接しすぎると調子に乗られる可能性もあるので(?)、適度なところでハッキリと「いい加減にしてよ」と言わなければいけないのかもしれませんが、その見極めが結構難しいところでもあります。(でも、相手が日本人だったら腹立てるでしょうね。)しかし割引率が高いと、何か調子のいいことを言っていても「まあいつ実現するかは不明だな」と思う反面、何かやってくれるというときはそれが実現するとうれしさも増します。

留学生活を始めてから、あまり人に対して腹を立てなくなったような気がします。というか、腹を立てても仕方がない、どのみち自分に跳ね返ってくるだけだから腹を立てるだけ損、と思うことが多いと言ったほうが正しいかもしれませんが…。もちろん、何かイヤなことを直接意図的にされた場合は腹が立つでしょうが、認識の相違や連絡の行き違いといったことについては「あ、そういうこともあるのね」と気楽に構えることができるようになりました。割引率に絡めて言うと、許容できる割引率が大幅に上がったということかもしれません。

さて、上記の例ですが、頼まれごとの受け手として真面目に考えると結構失礼です。「おいおい、自分から言っておきながら何だよ…」と腹を立てるを通り越して呆れても仕方ないところです。でも、こういう人、過去の経験からも少なくなかったです。これから留学生活を送られる方はご参考まで。
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by coast_starlight | 2007-06-23 10:22 | 考え方