2007年 11月 04日 ( 1 )

<私のはなし> 気づきは突然やってくる

自分のことって、意外と自分でわかっていないような気がします。自分は何が好きで何がキライか、どういうことに心を踊らせ関心を持つのか…。その時には「何となく」好き/キライと思ったものでも、何年も経ってからその「何となく」の根拠が鮮明になり、「あ、そういうことだったのか!」と気づくこともあると思います。

例えば、最近自分のことで一つわかってきた決定的なことは、自分のことを「おまえ」と呼ばれるのが実はとってもイヤだということです。過去に付き合っていた人で私のことをそう呼ぶ人がいたのですが、その時はあまり深く考えていなかったものの、最後の最後で直感的に「この人とはダメだ」という判断をし別れました。その直感の根拠の一つがどうやら私の呼び方だったということが、別れてからだいぶ経った最近になってわかりました(それだけではないですが)。名前かあだ名(あれば)か「あなた」のほうがいいです。たかがそれくらいのこと、と思うかもしれませんが、私にとっては重要だったようです。振り返ると、男友達の中にも、私のことあるいは他の女友達、あるいは彼女のことを(少なくとも私のいる前で)「おまえ」と呼ぶ人は存在しません。今週末乗った飛行機で60代前半くらいの夫婦が隣の席だったのですが、男性が女性を「おまえ」と呼んでいたのが何か聞いていてイヤで、何でそういう自分がいるんだろう…と考えると納得がいきました。家の中ではいいかもしれないけど、飛行機や電車のパブリックスペースでは誰が聞いているかわからない、自分も気をつけなきゃ、と思いました。人によっては、自分が近い関係にあるという親しみをこめて「おまえ」と言っているつもりの人もいるのかもしれませんが、私はどうもそこは受け入れられないようです。もっとも、今の職場にも目下の人を「おまえ」呼ばわりするオジサンはたくさんいます。また関西では男性に「そんなんおまえ、…………、だからおまえ、………」という口調で、特に誰に向かってというわけでなくても文の切れ目で「おまえ」を挟む人がいます(中学の時の先生にもそういうオジサンは結構いたなぁ)。そういうのは自分個人に宛てられたメッセージとして捉えないので別に気にならない(というか無視する)のですが、もしこの人と自分が仮に対等な立場だったとして、プライベートで仲良くはなれないかも…と思います。

他にも私が気づいたことは、
・美術作品は現代のものよりもちょっと古い18~19世紀のものくらいがどうやら好きらしい
・インテリアは最近できている高級外資系ホテルに多いモダンなこげ茶色の色調よりも、ナチュラルテイストの木目調が好きらしい
・自分の好きな色は青緑っぽい色らしい
などいろいろあるのですが、いずれも旅行時自分がどういうところに行きたがる/自分がどういうものを買う傾向があるか、どういうホテルに泊まったときに居心地が良かったと感じたか、などなどを後から振り返ることによりわかってきたことです。こういうことがわかれば、以後の自分の行動予定にこういうことを反映させることにより、物事の素早い判断につながったり心理的負荷が減ったりするかもしれません。私の場合、自分に対する気づきを得ると一筋の光明がもたらされたかのような気分になり、ちょっと日々の生活にやる気が出てくることが多いです。

このような気づきを得るためには、乱読や気まぐれな外出・旅行をすることが必要かもしれません。ここで大事なのは、一人ですることだと思います。同行者がいると(相手にもよりますが)相手の行動・態度に対して自分がどういう行動・態度をするかという反応的な自分しか表面に現れてこないのではないかと思います。一人だと、自分がやりたくないことはあえてしないでしょうから、自分の傾向がよくわかります。私が一人旅をすると、朝は怠けてダラダラしてしまうことが多いです。同行者がいれば割と朝早くから活動を開始するものの、一人でいると「ま、いっか」と思ってしまいがちです。日々の生活でも、何か自分を鼓舞するものがないと一人ではキビキビと動けない自分の「ダレ癖」を実感する→「これじゃダメだ」と思ってちょっとがんばる→疲れて(イヤになって/飽きて)休む→はじめに戻る、の繰り返しです。

「気づき」はそのような日常に突然変異をもたらしてくれます。
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by coast_starlight | 2007-11-04 23:29 | 私のはなし