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<旅行> 韓国/ソウルと温陽温泉(オニャンオンチョン)と鉄分補給

この休みに、韓国へ2泊3日で行ってきました。9月のはじめ、よく旅行に行く友人と電話で会話中「ねぇ、ソウルにマイレージで行けるかなぁ?今JALのホームページ開いて見てみようよ。」と話を持ちかけてみました。その場で調べてみたところ、何と羽田~金浦(キンポ)線が空いているではないか!必要なマイル数は15000マイルなのですが、そのとき友人は14800マイルしか持っていませんでした。でもインターネットで予約すれば500マイルの割引があるので予約可能だということに気づき、これは神様が私達に「韓国旅行に行きなさい」と行っているのだ!と勝手に解釈しました。その頃11月の自分の予定は決まっておらず、どちらかというと忙しくなるだろうと予想はしていたのですが、そんなこと言っていたら何も決められません。とりあえずお互い同じ便を予約し、それを前提に予定を立てることにしました。結果としては、前後の仕事が結構忙しくて私の場合韓国旅行を「敢行する」といった感じになったのですが…。木曜日の夕方に羽田を出発し土曜日の深夜に羽田に戻ってくるという、韓国滞在時間約50時間の旅行でした。滞在時間は短かったものの、事前の準備が功を奏し(?)密度の濃い有意義な時を過ごすことができました。


<1日目>

午前中会社に行き仕事をし、社員食堂でお昼を食べた後その足で羽田に向かいました。私の勤務先から羽田空港まではJRとモノレールを乗り継いで45分くらいです。私が韓国に行くのはこれで4回目で、前回行った2005年のゴールデンウィークに羽田~金浦便を利用してものすごく楽だという印象を受けたのですが、今回はさらに楽になっていました。国際線ターミナルは、モノレールの終着駅である羽田空港第2ターミナルから連絡バスに乗って行ったところにあるこじんまりとした建屋です。羽田~金浦便が始まる前はチャイナエアラインの台北~羽田~ホノルル線(2002年に成田に移転)のみに使われていたこの空港が、今では羽田~金浦線が一日8往復、羽田~虹橋(上海)便が一日4往復する大忙しなターミナルに変身しました。都心からのアクセスの良さに加え、成田と比べて空港の規模が小さいため空港内であまり歩かなくて良く、手続きも割とスムーズに進むのも移動が楽な主な理由だと思います。とはいえ、各便の出発前になると手荷物検査や出国手続きのところには長蛇の列ができるので、早めに行くに越したことはありません。また、2005年に来た時と比べて免税店の品揃えも充実しているような感じがしました。

約2時間の飛行時間の後金浦空港に到着した我々は、地下鉄5号線でホテルのある東大門方面に向かいました。滞在先は東大門運動場(トンデムンウンドンジャン)駅と乙支路4街(ウルチロサガ)駅の中間くらいにある割と便利な場所でした。早い段階で宿泊先を検討し予約したお陰で、高級アパートのようなキレイな部屋に1泊7万ウォン(8000円くらい)で泊まることができ大満足でした。到着後市庁(シッチャン)方面に地下鉄で向かい、韓国語学校の元クラスメートと一緒に夕食を食べに行きました。この晩の夕食はプルコギとビビンバと冷麺(ネンミョン)というありがちな食事でしたが、韓国旅行初日だとまあこんなものかな、という感じでした。(この後、だんだん地元民に近い食事になっていくわけですが。)

食事の後、宿のある東大門方面に向かい、そこにあるミリオーレという商業施設ビルに行きました。ミリオーレには洋服や靴、カバンなどを売るテナントが所狭しと入居しており、店員とやりとりして値切ったりしながら買い物を楽しめるようです。私は今回買い物はしませんでしたが、その気で行けば結構面白かったかも、と思いました。この建物の14階にマッサージ屋があり、その場の流れで足裏マッサージをすることになったのですが、マッサージ終了後お店のオジサンが我々に対してビタミンドリンクをキャップを開けて有無を言わせず渡してきたのには面食らいました。今飲まずに持って帰るっていう選択肢はないのかなぁ。加えてオミヤゲとかいって韓国海苔を渡され、「何でマッサージ屋で韓国海苔のオミヤゲがあるんだ??」と不思議な気持ちになった後宿に戻りました。



<2日目>

この日は、ソウル大学で交通計画を専攻している友人にお願いし、鉄分補給ツアーを組んでもらいました。


a0079741_23442576.jpga0079741_23394017.jpg08:40 ソウル(龍山) → 10:03 温陽温泉    セマウル1153号

前の日宿に戻ったのが夜中の12時過ぎだったので、ちょっと朝起きるのがつらかったのですが、8:30頃ソウルの龍山(ヨンサン)駅で友人と待ち合わせ、温陽温泉に向かいました。ソウルから温陽温泉を経由し長項(チャンハン)に向かう路線にはセマウル号という特急列車が走っていますが、来年終わりか再来年には、天安(チョンアン)駅から温陽温泉駅まで通勤列車が乗り入れることになっており、ソウルへの通勤圏が広がると予想します。温陽温泉駅は現在大規模工事中ですが(オレンジと白の幕がそれを物語っていました)、通勤列車が乗り入れる頃にはもっと立派な駅に生まれ変わっていることと思います。


a0079741_23401761.jpga0079741_2345219.jpg温陽温泉では、温陽グランドホテルというホテルの日帰り入浴に行きました。手ぬぐいつきで5000ウォン(600円くらい)でした。大きいバスタオルはないので、そういうこともあろうかと思い持参したのは正解でした。女湯は結構混んでおり、平日の昼間(韓国は祝日ではないので)にこんなに人がいるんだ、と驚きました。同行してくれた友人が言うには、男湯は空いていたそうです。韓国でこういう公衆浴場のようなところに行くのは初めてで、正直なところ「どんな感じかなぁ」という気分はあったのですが、いざ入ってみると日本の温泉とあまり変わらず普通にくつろげました。


a0079741_2341192.jpga0079741_23463119.jpg12:04 温陽温泉    → 14:08 長項      セマウル1155号

温陽温泉に入った後、再びセマウル号で終着駅長項に向かいました。前の日に夜遅くまで遊んでいたからか、温泉に入った後だったからかわかりませんが、とにかく眠かったです。






a0079741_23424278.jpga0079741_23421366.jpg14:50 長項      → 15:05 群山    船

長項は素朴な感じの港町でした。駅から歩いて10分くらいのところに漁港があり、干物がつくられている光景は日本とあまり変わらない感じがしました。群山(グンサン)へ向かうのにバスか船があるのですが、せっかくだからということで船に乗ることにしました。船に乗る直前、あまり時間がなかったのですが船着き場にあった食堂で韓定食を食べました。


a0079741_23475122.jpga0079741_2347670.jpg15:15 群山      → 15:45 益山      通勤列車2178号

港から駅までの距離が不明だったのでとりあえずタクシーに乗ったのですが、これに乗っていなかったら電車に間に合いませんでした。群山から益山(イクサン)まではディーゼル車両が1~2時間に1本運行しているそうです。益山駅で、たくさんの方向幕が置いてあるのを見つけたので、思わず写真に撮ってしまいました。


a0079741_23485538.jpg16:00 益山      → 17:41 ソウル(龍山)     KTX  410号

益山に着いた後、少し時間があったので一旦改札を出てKTXのチケットを購入し、ソウルに戻りました。KTXはフランスのTGV型車両のため、座席が回転しません。従って車両の真ん中の車両は4人がけの向かい合わせの座席になっており、真ん中にテーブルがあります。これが韓国人には不評で、この席はかなり割引されているそうです。そのため我々3人が切符を買う際、この席だったら3人でもバラで買うより安くなるからということでチケット売り場のおばさんがこの席にしていました。ヨーロッパではこの席はパソコンが置けたりと使いたがる人が多いのですが、友人によると韓国人は知らない人と向かい合わせになるのがイヤなのだそうです。場所が違うと文化が違うんだな、と思いました。その辺車両調達の際韓国国鉄が入札スペックに明記しなかったのかなぁ…。売る側の力(フランスのアルストム)のほうが強かったのだと思いました。


a0079741_2350215.jpga0079741_23493226.jpgこの「鉄分補給」日帰り温泉旅行から戻った後、以前行ったことのある明洞(ミョンドン)エリアにある食堂に行きサムギョプサルを食べました。サムギョプサルは私の好きなメニューの一つではありますが、どういうわけか今回は肉の厚みと脂身の多さに驚いたのか私はあまり食べられませんでした。他の2人はおいしそうに平らげていましたが…。

一旦宿に戻り、案内してもらったお礼にということで日本から持ってきた「鉄道ファン」1月号を手渡し夜の8時半頃友人と別れました。予定ではこの後汗蒸幕(ハンジュンマク)とアカスリに行こうかと思っていたのですが、かなり疲れてしまったので部屋でゆっくりして明日に備えることとしました。


<3日目>

この日私はどういうわけかトンカツの夢を見ました。先に起きていた友人に、起きるや否や「ついこの瞬間までトンカツの夢を見ていたんだ。トンカツを2切れ揚げたんだけど、そのうち1枚は黒ゴマペーストが衣に練りこんであって灰色をしていたんだ。揚がったトンカツをザクザク切っていて、ちょっと細く切りすぎた、と後悔した瞬間に目が覚めた。何で食べてから目が覚めなかったんだ…。」と訳のわからないことを言って朝を迎えました。彼女は笑って聞いてくれていましたが、「変わったことを言う人だなぁ」と改めて思ったかもしれません。いずれにせよ道中何を話しても快く聞いてくれる彼女のお陰で今までの旅行は楽しく過ごせています。どうもありがとう。ちなみに韓国でトンカツは典型的な日式(日本料理のこと)の一つですが、韓国語では「トンカス」と言うみたいです。おそらく「ツ」の発音が韓国語と相性が悪いからだと思います。別にトンカツが食べたかったわけでもなく、むしろ前の日のサムギョプサルで「豚の脂身はもう結構」と思っていたくらいなのに、どうしてだろう?夢の内容とその人の潜在意識には深い相関があるようですが、それにしても何でトンカツなんだ??ちなみに、黒ゴマペーストを衣に練りこんだトンカツは今までに作ったことも食べたこともありません。一体どんな味がするんだろう…。

気を取り直してシャワーに入り着替えた後、荷物をまとめ10時にチェックアウトしました。ロビーではこの日に約束していたケネディスクール時代の同級生の女の子が私達を待っていてくれました。彼女と会ったのは1年半ぶりくらいだと思います。彼女は私より1年早く卒業し、去年の夏からワシントンDCにあるNPOで働いたりしていたようですが、今は韓国の国際協力団体(日本でいうJICAみたいなところ)でリサーチの仕事をしています。去年彼女がワシントンDCに引っ越す前はお互いボストンにいて割と時間があったので、旅行をしたり食事に行ったりと頻繁に遊んでいました。

a0079741_23514460.jpga0079741_2350482.jpgまずリクエストしていた昌徳宮(チャンドックン)にタクシーで向かい、1時間半ほど中を見学しました。中は非常に広く、基本的にガイド付きツアーでないと回ることができません。毎週木曜日だけは自由観覧ができるそうです。言語は韓国語・日本語・英語・中国語の4種類あり、我々は10:30スタートの日本語ツアーに参加しました。連休だったからだと思いますが、かなりの人数に驚きました。昌徳宮は李氏朝鮮時代の宮殿で、王族の住居や執務場所などの建物が敷地内に多くあります。戦災などで焼けた後再建された建物も多いものの、建造物および庭園は素晴らしく、2.5キロ歩く一般ツアーでも盛り沢山の内容でした。敷地をくまなく歩く特別観覧は4~5キロほど歩くため、半日くらいつぶれてしまいます。ツアー終了後はさすがにおなかがすき、その後仁寺洞(インサドン)まで歩き餃子入り海鮮鍋とパジョン(チヂミ)を食べました。

a0079741_23562469.jpga0079741_23521717.jpg食事後引き続き仁寺洞の雑貨やオミヤゲの店が並ぶ通りを歩きました。ここにはお店だけでなく韓国のお茶を出す喫茶店もたくさんあります。そのうちの一軒に入ったのですが、ちょっと高くてビックリ!だってお茶が6500ウォン(700円くらい)もするんだもん!昨日長項で食べた食事は4000ウォンだったのに…。オミヤゲ屋は日本語の通じるところが非常に多く、ボケッとしていたら日本語で話しかけられます。韓国人から見たら、外見が似ていても日本人ってわかるんだと思います。私達が日本で韓国人がいたら割とすぐわかるように。

その後仁寺洞から鐘路(チョンノ)方面へ歩き、途中本屋に入りました。大手の本屋らしく日本語の本も置いてあったのですが、何だこのセレクションは…(画像をクリックして拡大すれば本のタイトルが見られますのでご覧下さい)。日本人として大ショックでした。外国にある日本の本屋は在外日本人向けのことが多く、並んでいる本も日本でそのときに売れている本と割と同期していると思うのですが、これは明らかに日本で売れている本とは相関がないように見えます。それだけ日本語のできる韓国人が多くて、その人達はこういう本を読みたがるということだと思いますが、何か複雑な気分になってしまいました。

乙支路入口(ウルチロイプグ)で彼女と別れた後我々は宿に荷物を取りに戻り、再び地下鉄で金浦空港に向かい帰国しました。


<オマケ> 韓国で見たちょっと変わったものの写真を載せておきます。

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by coast_starlight | 2007-11-25 23:56 | 旅行

<旅行> 南アフリカ共和国/ヨハネスブルグ (その2)

その1をアップロードしてからだいぶ時間が経ってしまいましたが、思い出して書いてみることにします。

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a0079741_23181731.jpg黒人居住地ソウェトを観光するには、ガイドつきのツアーで行く必要があります。ネルソン・マンデラの家とヘクター・ピーターセン博物館は観光客が多く訪れるので安全に観光することができますが、それ以外の場所にガイドなしで行くのは危険すぎます。もっとも、最近は国際協力NGOなどがソウェトのお宅ホームステイ体験ツアーなどをやっていたりするそうですが…。今回は時間がなかったのでマンデラの家と博物館のみ訪れました。マンデラの家では、一定人数が集まるとガイドツアーが始まります。それまでは見学できないので人数が集まるのを待たなければなりません。ただツアーといっても家全体がかなり狭い(2LDK、60平米くらい)ので15分くらいで終わってしまいます。この家は狭いと言っても、当時のソウェトにあった他の家と比べれば立派なほうだったと思います。マンデラは逮捕される1963年までここに住んでいました。獄中生活から開放されてこの家に戻ったときは英雄扱いでマスコミが押し掛けてきたため、わずか10日足らずで他の場所に移ったそうです。今もマンデラは健在で、ヨハネスブルグ郊外の高級住宅街に居を構えています(そこの前も通った)。

a0079741_23191421.jpg次に向かったのがヘクター・ピーターセン博物館という、1976年に起こった大規模な反アパルトヘイト運動の博物館があります。この年、黒人が学校教育で強制的にアフリカーンス語を習わされていたことに対し、抗議のデモが起こりました。アフリカーンス語はオランダ系移民、つまり白人の言語であり、黒人にとってこれを強制的に習わされることは屈辱であったのです。このデモに対して警察当局は発砲するなどして鎮圧しようとし、その最初の犠牲者になったのがヘクター・ピーターセンという13歳の少年でした。写真で抱きかかえられているのがその彼です。しかしこのデモがあってから実際にアパルトヘイトがなくなるまでに15年以上の年月がかかりました。





a0079741_2320577.jpgお昼前にソウェトを後にして向かったのはライオンパークというサファリパークです。本当はもっと本格的なサファリパークがあるのでしょうが、お手軽な観光客向けの(?)場所だと思います。ここに到着した頃ちょうどお昼になったのでガイドのデニスさんとお昼を食べました。デニスさんには奥さんと高校生の息子が2人いるそうです。息子さんは2人ともダーバンの全寮制の学校に入れているとのことでした。話を聞いていると彼は黒人の中でも割と良い暮らしをしているほうではないかと思えました。何でもサントン郊外に一軒家を買い、BMWを2台所有しているそうで、休みにはヨーロッパや東南アジアに旅行し、奥さんも今は働かなくていいくらい生活に余裕があるそうです。じゃあ私のガイドもやらなくていいのでは?と突っ込みたくもなったのですが、やっぱり定期的な収入源は必要なのでしょう。ちなみにデニスさんは株で儲けたと言っていました。南アフリカは経済が良くて、特に通信系の会社の株で儲けたと言われていたような気がします。「株で大事なのは、一度買ったらしばらくは株価をチェックせず放っておいて、何ヶ月か経ってからチェックすることなんだ。」確かに…でも経済が好調な中興国的な考え方かも、と思いました。ライオンパークでは、ライオンの子供にさわることができます。

a0079741_23223161.jpga0079741_23203768.jpgライオンパークに行った後プレトリアに向かいました。プレトリア市街の中心部にある広場には、どういうイベントがあったのかわかりませんが多くの人が群れを作っていました。でもズールー語で何をいっているのかさっぱりわかりませんでした(つまり、集まっているのは基本的に黒人のみ、ということ)。同じ国でも言葉の壁があるんだ…と思いました。その後高台にある大統領府に連れて行ってもらいました。天気が良かったので眺めも非常に良く、ここだけは観光客が多く普通に一人で歩いていても問題ない感じでした。プレトリアからホテルに戻ったのは夕方5時頃でした。その後は一人だったのでホテルに直結するショッピングセンター(くらいしか一人で行けるところはない)にお惣菜を買いに行き、一人で部屋で食べていました。

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次の日はまた国泰航空に20時間乗り、成田に戻りました。途中することがないのでひたすらお酒を飲んで寝ていました。

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by coast_starlight | 2007-10-24 23:25 | 旅行

<旅行> 南アフリカ共和国/ヨハネスブルグ (その1)

國泰航空を乗り継ぐこと約20時間、南アフリカのヨハネスブルグへ用事があったので行ってきました。アパルトヘイト以降ヨハネスブルグの治安は非常に悪く、経済活動の中心地はサントンなどの郊外の街に移っています。これらの郊外にあるショッピングモールやテーマパークのようなところは普通に歩けるのですが、それ以外だと外を歩くのは非常にためらわれます。モール内のお店でも宝石屋などは入り口に頑丈な扉があり、営業中でも店に入りたければ中にいる警備員に開けてもらわなければいけません。今回の宿泊先はショッピングモールに直結したホテルだったので歩いて行けるお店は多かったですが、そうでないとちょっと不便で仕方ないだろうな、と思いました。

a0079741_0195311.jpg土曜日一日空いていたのでガイドつきツアーを現地事務所の方がアレンジしてくださり、いろいろなところを回ることができました。デニスという黒人のおじさんが終日私一人の相手をしてくれたのですが、このおじさんがいないと私はどこにも行けませんでした。朝9時前にホテルに迎えに来てもらい、まずその日の予定を話してくれたのですが「まずヨハネスブルグ中心地に行ってアフリカ伝統医学の薬局を見学、その後カールトンセンターで展望台に登ろう。その後ソウェトのネルソン・マンデラが投獄前に暮らしていた家を見て…」と言われたときは一瞬「ほ、本気かよ」と思いました。でもこのおじさんが一緒なら道もわかっているし車もそんなに新しい車じゃないし外を歩きさえしなければ大丈夫だろうな、とその通りにすることにしました。デニスさんが言うには、やはり治安が悪いのでテナント料を安くしてもテナントが入ってくれず、不法占拠されているビルも多々あるようです。アパルトヘイト時代にあった多くの企業の拠点が治安悪化により郊外に移転したことにより、見た目はそこそこキレイなビルでも中は空洞…というところが多いようです。しかし一部企業や公益法人があえて市内に拠点を戻すことにより経済活動を取り戻し、ひいてはヨハネスブルグ市内の空洞化を改善しようと努力しています。例えばABSAという南アフリカの大手銀行は市内中心部の高層ビルに本社機能を置いていたり、公共交通を運営するトランスネット社はカールトンセンター(展望台があるショッピングセンター)内にオフィスを構えています。毎日通勤する人は大変かもしれませんが…。

a0079741_0121719.jpga0079741_0134148.jpg最初に行ったアフリカ伝統医学の薬局がある場所はあまりパッとしないものの、ここだけは他にも白人ツアー客が多く訪れていました。中にはいろいろな動物や木の皮を乾燥したものが所狭しと置いてあり、動物のはく製も置いてありました。独特のニオイが漂っているものの異臭というわけではなく(よい香りとも言えませんが)、そこに足を踏み入れること自体は特に問題ありませんでした。「君の国の薬局と比べてどうだい?」と言われたので「日本でも漢方というものがあって、動物の皮は聞いたことがないですが植物の皮や根っこは使いますよ」と答えました。

a0079741_0131541.jpgその後カールトンセンターに車で向かったのですが、不案内な状態で一人でここに来るのは危険すぎると思いました。途中「ここ中心部には鉄道の駅とバスターミナルがあり、長距離列車やバスが発着しています」などという説明を聞いても「怖くて乗れないよ」と思いました。あまり顔には出しませんでしたが…。地下の駐車場に入り、エレベーターに乗るまでの短い距離もデニスさんに従いながらも周りをキョロキョロ見ながら歩いていました。黒人ガイドがいればいいのですが(金品がありそうな格好をしていない限り何もないのにいきなり同胞を襲うようなことはしないはず…根拠ないですけど)そうでなければ怖くて行けません。駐在員の方も用事でここに来るときは自分で運転せず運転手つきの車を手配すると言っていました。デニスさんはこの辺の施設の人達と顔が通じているらしく、ズールー語で挨拶しながら入っていったので特に問題はありませんでしたが、私は彼にぴたっとくっついて歩いていました。ちなみにここでは黒人同士は英語ではなくズールー語で話していました。場所によって他の言語も使われており、デニスさんによると南アフリカでは全部で11ヶ国語が使われているようです。白人は英語やアフリカーンス語で話します。カールトンセンターは1・2階がショッピングセンターになっており、入っているお店は私が滞在していたサントンのショッピングセンターのテナントとあまり変わりませんでした。さすがにルイヴィトンなどのブランドものの店はなかったですが。でも人種構成が偏っていて、モール内にたくさん人がいたのですが黒人100人中白人が1人いるかいないか、という感じでした。東洋人は当然ゼロ。でも白人の母娘も見ました。

a0079741_0141396.jpg2階には展望台「トップ・オブ・アフリカ」のエレベーター入り口があり、入場料を払って50階までエレベーターに乗ります。デニスさんによると、ここがアフリカ大陸で一番高い展望台なのだそうです(二番目はエジプトにあるらしい)。しかし東京タワー展望台のようにエレベーターに乗るのに待つことはなく、すぐに乗れました。だって、他に登る人いないんだもん…。そんな訳で恐る恐る登った展望台ですが、眺めは最高!!その日は天気が良かったこともあり、ヨハネスブルグ市内および郊外が一望できました。下にあるショッピングセンターの賑わいとは裏腹に本当にガラーンとしていましたが、それはつまり地元の黒人はここに来てもそれ以外の観光客がほとんど来ないことを意味しているのかもしれません。眺めは良いだけに残念に思いました。カールトンセンターにはその名の通りもとはカールトンホテルがあったのですが、治安悪化により移転を余儀なくされ、隣にあるホテルの建物は閉鎖しています。2010年のワールドカップに向けてあれこれ対策しているようですが、そのときだけ一時的に治安を向上させることはできるかもしれませんが、長期的な治安向上への道のりは長いかも、と思いました。

a0079741_0144646.jpg少々ドキドキもののヨハネスブルグ市内観光の後、ソウェトに向かいました。ソウェトは以前黒人の居住区(タウンシップ)だったところで、アパルトヘイト時代黒人は指定された地域以外を無断で行き来することが許されていませんでした。緑のパスポートのような身分証明書を常に携帯することが義務付けられ、指定地域の外へ出るときはここに許可証をもらう必要があります。デニスさんも子供の頃は持たされたいたようで、自分のサイフから「こういうものだよ」と見せてくれました。「僕は子供の頃ソウェトにいたんだけど、初めてヨハネスブルグに行ったのは16歳のときだったんだ。5キロも離れていないのに。」と言われたときは何て言葉を返してよいかわかりませんでした。

今日は眠いのでこの辺にしておきます。 (つづく)
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by coast_starlight | 2007-09-25 00:20 | 旅行

<旅行> 上海にて

上海に行ってからもう一ヶ月が経ってしまいました。早いものです。そのときのことを思い出し、自分への備忘録も兼ねて書いてみます。

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<一日目>

夕方、成田空港から中国国際航空(エアーチャイナ)便に乗り上海へと向かいました。成田から上海浦東空港へは約3時間ちょっと。でもいずれの空港も市街地から遠いのでドアツードアでは8時間くらいかかりました。今月末から羽田と上海虹橋空港を結ぶ便が開通すれば、ドアツードアの移動時間は2~3時間くらい縮まると思います。それまで待とうかな、と実は少し思っていたのですが…。チケットを買ったのが2週間ほど前だったので安いチケットがあまりなく、また時期的に空席があまりなく、一番安いエアーチャイナでも8万円くらいしてしまいました。ボーイング757-200の機体はほぼ満席で、日本人観光客とおぼしき人はほとんど乗っていませんでした。しかし私の隣にいた男性2人組は偶然にも日本人でした。入国審査の書類を書くとき筆記用具を忘れたことに気づき、その方達が英語がほとんどわからない様子だったので「何が書いてあるかご説明しますから、その後ペンを貸してくださいませんか?」とお願いし、ペンを貸してもらうついでに少し雑談をしていました。

「中国は初めてですか?」

「いや、三回くらい行ったことあるけど、毎回食事はあんまり楽しくないねー。日本からカップめん持ってきているし。」

「私は初めてなんですけど。胃腸あまり強くないんでお腹壊すかもしれませんね。ところで空港から市内へはタクシーで行こうかと思っているんですけど、どれくらいかかりますか?」

「いつも迎えに来てもらっているからよくわからない。ところで今回買ったチケットはいくらだったの?」

「8万円しました。これが高いのか安いのかよくわからないのですが、どう思いますか?」

「高いと思う。俺らは4~5万円でとったかな。」

「確かにもっと早くとれば安くあげられたのだとは思いますが。上海ではどういうところが見所だと思いますか?」

「上海もあんまり遊べるところないんだよね。女も買えないし。その辺すっごく厳しいから。」

「はぁ…そうですかぁ…」

それって私に話すことか??と思いながらこう返すしかありませんでした。このおじさんたちは一体何者だったんだろう…。

そんなわけで夜中の12時頃上海に到着した私は、恐る恐るタクシー乗り場でタクシーを拾い、行き先を中国語で書いた紙を運転手のおじさんに見せて目的地へとたどり着きました。到着したのは徐家匯というところにある(おそらく)外国人向けのマンションで、見た目は結構高級そう。21階の部屋にたどり着くと、彼が出迎えてくれました。

「あぁ、よく来たね!」

「この前は運が悪かったよね。私がボストンを発った日に連絡くれていたみたいで、すれ違いになっちゃって。」

その日は遅かったので、私は挨拶もそこそこにすぐシャワーに入って寝てしまいました。

ちなみに「余分な部屋があるからそこにいればいいよ」と言ってくれてはいたものの何となく一人では行く気になれず、もう一人韓国系アメリカ人の女友達(ケネディスクールの同級生)を誘い彼女もそこに滞在しました。単なるルームメート的感覚で「家に泊まりなよ」と言ってくれたのだろうと思うし、長い友達付き合いから何もあり得ないということはわかっていますが(私もその辺理解するのに十分年をとっている)、同性の友達を誘わないと行く気になれなかったところに「やっぱり自分は日本人なんだなー」と思いました(カルチャーの問題というより、個人の感覚の問題かもしれませんが)。あとは、彼女も彼と同じファンド関係の仕事をすることになっていたので、同じ業界だしいろいろ話も合うんじゃないかな、と思ったからというのもありました。いずれも、留学していなかったらおそらく会うことのなかっただろう人達です。


<二日目>

a0079741_22282850.jpg前の日の到着が夜遅かったこともあり朝10時くらいまでボーッとしていたのですが、友人が「新天地に行こう」と言うので連れて行ってもらいました。新天地(シンタンディー)は古い建築を残しながらもスターバックスなどのカフェやレストラン・お店が入っているところです。そこで軽く食事をして散策した後、彼が勧める飲茶の店に連れて行ってもらいました。でも残念なことに私はそこでちょっとお腹をこわしてしまいました。おそらく「ウェルカム・トゥー・チャイナ」の軽い洗礼を浴びたのだと思います。

ところで私は漢字が一通り認識できるものの(簡体字なので限界はありますが)中国語で何と読むかはわかりません。一方、彼は中国系アメリカ人で中国語を話すことはできますが漢字が読めません。音だけでちゃんとわかるんだ…とかなり不思議な感じがするのですが。従って私の持っているガイドブックにある通りの名前や地名(漢字でのみ書かれている)を伝えるときに非常に苦労しました。従ってこの日私達が行ったところが新天地だということがわかったのは、家に戻ってガイドブックを見返してからでした。

昼は家の近くにある足裏マッサージ屋を勧められたのでそこに行きました。60分で1500円くらいと、日本の4分の1!地元の店に行ったらもっと安いかもしれませんが、腕前や清潔感が気になるところ。今回行ったゴールデンリゾートというところはあまり宣伝をしていないためか、ホテルのスパのような雰囲気でも手ごろな値段でお得な気がしました。


<三日目>

a0079741_22291045.jpg午前中からどうも体の調子が悪かったので「ごめん、何か体調悪いから寝ててもいいかな?」と言って昼間は一人で部屋で寝ていました。彼は既に仕事に行っていませんでしたが、もう一人の女友達がそろそろと起きてきて「大丈夫?」と気遣ってくれました。そこに突然家の鍵を空けて女の人が入ってきてビックリ!週3回メイドのお姉さんが掃除や洗濯をやるために来るのだそうですが、その間は何か落ち着きませんでした。確かに部屋はホテルのようでやけにキレイだし、でもそういうことを彼がまめにしているとも思えないので、妙に納得がいったのですが…。私も家事があまり好きなほうではないので、家事をやってくれる人がいればなーと思うことはありますが、全く人任せにするとなると何か躊躇します。たぶんそういう自分がイヤなんだと思います。仕事で時間をとられて真面目に家事をやるヒマがないときもありますが、そうでなければある程度はやるし、生活している時間の中の一定割合は家事に使わないと自分の中の「人間らしい生活」の定義に合わないような気がして落ち着かないのだと思います。とはいえ本当にこういうメイドサービスを頼んだら、楽チンでやみつきになってしまったりして。そのうち彼が戻ってきて「これサンドイッチ買って来たよ。(私が「ツナサンド買ってきて」と頼んでいた)僕は彼女をどこかお昼に連れて行くから」と言って二人でどこかに行ってしまいました。昼の3時くらいに戻ってきた彼女に聞いたら飲茶に行っていたそうです。

夕方は彼女と再びマッサージ屋に行き、至福のときを過ごしました。その後どこかのベトナム料理屋に夕食を食べに行き、川のふもと(英語ではbundという)で彼と合流し3人でお酒を飲みに行き帰宅しました。


<四日目>

a0079741_22293855.jpg彼は何かやることがあったらしく、女友達と二人で蘇州に行きました。上海駅(旧駅)から特急列車で行ったのですが、まず切符をとるのが大変でした。切符がとれるかどうか気がかりということで私達より早く起きて彼は上海駅に先に切符を買いに行ってくれたのですが、行きは良いものの帰りが夜9時半発のものしかとれず、蘇州へ長く滞在することになってしまいました。蘇州では何と言ってもタクシーを拾うのに一苦労。タクシー乗り場はものすごい人だし、誰かが降りているところにすかさず入り込むくらいの図太さがないと日が暮れてしまう、と思いました。そんなわけで短距離のときに利用したのは人力車!でもよく考えたら日本の観光地でも環境対策でベロタクシー(自転車あるいは人力車のタクシー)が出始めているし、実はこれって時代の最先端?と思ってしまいました。でも二人で乗っていると、暑い中一生懸命自転車こいでいるオジサンが結構気の毒に思えてしまいました。それが仕事なんだとはわかっていても、です。彼女は後でこのオジサンと一緒に写真を撮りたい、と言い出し、これにはオジサンもビックリ!私は撮らなかったですが、彼女にはいい記念写真になったのでしょうか。

a0079741_2230385.jpg蘇州にはいくつかの庭園があるのですが、そのうちの一つにしか行く時間がありませんでした。でもそれでもだいぶ満足でした。庭園でボケーッとして彼女と留学時代の話をしたり、お互いの今後のことについて話したりと、有意義な時間を過ごすことができました。彼女とは7月に一緒に駒込の六義園にも行き、そこでもいろいろおしゃべりしていたのですが、環境が変わると話す内容も微妙に変わっていたような気がします。

帰りは庭園から駅まで行こうとするもこれまたタクシーがつかまらず、バイクタクシー(タイでいうトゥクトゥクみたいなもの?)で駅まで向かったのですが、これが超スリル満点で一瞬死ぬかと思いました。大通りは車道とバイク・自転車専用道に分かれているのですが、バイクタクシーはいずれも通れるらしく(と運転手が勝手に解釈しているのかもしれませんが)、両方の間を頻繁に車線変更するので、この二つの道を隔てる街路樹に何度かぶつかりそうになりました。他の自転車やバイクにもすれすれのところで当たりそうになるし。遊園地のジェットコースターよりも冷や汗かきました。

a0079741_22304368.jpg駅に着いてから列車が出るまで2時間くらいあったのですが、他にどこへ行く気力もなく、とりあえず近くの店で晩ごはんを食べてそこで待とうということになりました。駅前とはいえそんなにお店があるわけでもなく、私達は仕方なく水餃子のチェーン店みたいなところを見つけてそこで水餃子(メニューがそれしかない)とお茶を頼みました。超ローカルなお店で彼女はあまり食べる気がしなかったのか、「一応食べるそぶりはするけど何か食欲が出ない」と言ってほとんど食べていませんでした。私は「え、結構おいしいじゃん」というノリで彼女の分も全部食べてしまいました。黒酢をつけて食べる水餃子の味はそんなに悪くありませんでした。でも全部食べたのは、もったいないという気持ちよりも、そのまま下げられてこの残飯を誰かが食べるのかと想像するとそれがたまらなくイヤだったからだと思います。お店には、空のペットボトルを目当てに歩き回るホームレスらしき人もいました。この人達と比べれば私達はかなり良い暮らしをしているのだな、と今更ながらに思いました。

発車30分前くらいに駅構内に入り、お目当ての列車の待合室で待っていたのですが、カップめんを食べている人が多いからか待合室が何か臭う。何と待合室でお湯がもらえるのです。中国の人は基本的に温かいものしか食べないと聞いたことがありますが、これにはビックリ。それにしてもどこも人人人…で気疲れしました。そんなわけで夜11時くらいに家に戻ったときはもう心身ともにクタクタ。友人にも「地元民がするような観光ツアーをしてしまったね」と言われてしまいました。



<五日目>

再び女友達と二人で上海市内観光をしていました。私は中国語会話力ゼロですが漢字の意味は何となく理解でき、彼女は中国語が少ししゃべれるということで、二人なら何とかいろいろ回ることができました。行ったのは豫園(庭園)と東方明珠塔(パールタワー)にある歴史博物館。東方明珠塔のある浦東(プドン)に行くには、地下鉄かタクシーで川を越えるか地下トンネルを走る観光ゴンドラに乗るかのいずれかですが(バスでも行けるのでしょうが我々にはその能力がありませんでした)、とにかく暑かったこともあり歩くのがおっくうで、タクシーもなかなかつかまらなかったので観光ゴンドラに乗りました。これが超不思議な演出をしており、ディズニーランドのスペースマウンテンに乗っているときに見えるタイムトンネルのような人工的照明で、「何でたかが川の反対側に行くのにこんなに派手にしているんだ?」と突っ込まずにはいられませんでした。

a0079741_22312317.jpg上海歴史博物館は、ガイドブックではあまり大きく取り上げられていませんが、個人的にはオススメです。蝋人形や各種模型を通じ上海の歴史を知ることができます。ただ1930年くらいで止まっているのが気にかかるところですが。博物館を出た頃には既に夜の7時になっており、偶然にも何か催し物をやっており、こんな曲芸も見ることができました。こういう曲芸をできる人が無料イベントでも出てくるところが「さすが上海雑技団を擁す上海だな」と思いました。

最後の晩ということで我々3人+彼の友人の4人でラピスラズリというお店に食べに行きました。ここは租界時代にフランス人が住んでいたエリアにあるレストランで、昔の邸宅を改造した雰囲気は悪くなかったのですが、食べ物が高い!!しかも店員の愛想もあまりよくないし…。一人当たり5000円くらいして、思わず「東京のほうが同じ値段でももっといいもの食べられるよ」とつぶやいてしまくらい残念な思いをしました。

ところでレストランで食事をすると店が発行する領収書とは別に公的なレシート(収入印紙に近いかも)なるものが発行されます。例えば食事代が150元だったら100元レシート1枚+50元レシート1枚といった感じで、定額のレシートを複数枚組み合わせてもらえます。これにはスクラッチくじがついており、当たる確率は低いですがキャッシュバックのチャンスがあるそうです。このくじはおそらく客がちゃんとレシートを受け取るためのインセンティブなのだと思います。この公的レシートの目的はお店が帳簿を不正につけないようにすることのようですが、交際費などの経費処理をする際もこれが必要になるのだそうです。



<六日目>

彼女は朝早くの便で北京経由ソウルへと旅立っていきました。私はまたまた体調を崩してしまい、午前中は部屋で寝ていました。朝彼女を見送るときに彼が「何か食べ物でも買ってこようか?」と言うので「うぅん…パンか何か買ってきてくれるとうれしいな」と言うと彼が買ってきたのはマクドナルドの朝ごはん!「パンケーキとかだったら食べられる?」とは言うのですが、おいおい、胃腸の弱い私にそんなもの食べさせるなよ…と少し思いました。いや、買って来てくれたことを素直に感謝すべきなんだろうけど、何かズレてるよなー。

結局昼前まで部屋で休み、昼ごはんを近くの「日本食屋」に食べに行ってから空港に向かいました。「この店は僕の友達が勧めていたところなんだけど」と言うけど、日本人が勧める日本食屋ならともかくねぇ…。お店はオーダービュッフェ方式で、決まった値段を払ったらメニューにある好きなものを何でもオーダーできるという形式でした。私は100元(1500円)くらいしたにもかかわらずオーダーしたのはししゃもやとろろ、ゴハンに野菜と元が取れないようなものばかり。まあ代わりに彼が刺身などを思いっきり頼んでいたから(彼は身長190センチほどあり体格も良く、ビュッフェの時は恐ろしいほど食欲旺盛であることは前から知っている)二人で割れば100元分かな、と思いました。

空港までタクシーで行き無事エアーチャイナ便に乗り成田空港に着いたときには、妙な安堵感を覚えました。「もう当分はいいかな」と思いつつもまた行くんだろうな、たぶん。毎日あれこれハプニングがあって、それはそれで楽しかったし。今月末から羽田~上海虹橋便が飛ぶようになれば上海に行くのもだいぶ楽になると思います。上海へは2万マイルで行けるし。その前に、もっと胃腸と体全体を鍛えておいたほうが良いかも…。


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今週は、彼のふるさとに出張です。とっても遠いです。

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by coast_starlight | 2007-09-17 22:35 | 旅行

<旅行> 仙台・山形/温泉と芋煮会に行く

この前の日曜日、山形で行われた「日本一の芋煮会」イベントに行ってきました。これは毎年9月の第1日曜日に山形市内の馬見ヶ崎河川敷で開催されるイベントで、直径6メートルおよび3メートルの超大なべでしょうゆ味・みそ味の芋煮がつくられ希望者に振舞われるというイベントです。


a0079741_0155821.jpg平成元年から始まったこのイベントは今回で19回目を数え、今や山形の風物詩となっているそうです。この芋煮を食べるためにわざわざ遠方から参加する人も多いらしい。私はもともとこの週末に仙台と山形のほぼ中心にある作並温泉に行く予定をしていて、偶然その日に芋煮会があるということを同行者が調べていたため「じゃあ行こう」ということになり行くことにしたのでした。






a0079741_017148.jpga0079741_0163331.jpg東京駅で集合し、新幹線で仙台に昼頃到着しました。その後牛タン定食を食べ瑞鳳殿や青葉城址といったよくある仙台観光をした後仙山線で作並(交流電化発祥の地、らしい)に向かいました。帰国以来このような温泉宿に行くのは初めてで、広瀬川を眺めながら露天風呂につかっていると「あぁ、日本に帰国したんだなぁ」と遅ればせながら実感しました。




a0079741_0172938.jpg次の日仙山線で山形へ行き、芋煮会会場に向かいました。6メートルの鍋でつくる芋煮は、何とショベルカーを使って「調理」されます。このショベルカーは毎年未使用のもの(おそらく重機会社にお願いして納入前のものを一時的にレンタルするのだと思います)を準備し、芋煮をつくる前は使う油も食用油にすることにより衛生面に配慮しているのだそうです。ショベルカーを操っている人を含め調理スタッフは皆ツナギを着ていて料理を作っているように見えないのが笑えました。この芋煮をもらうには会場で300円払ってチケットを入手し、整理券ももらう必要があります。大体待ち時間は1時間~1時間半くらいだと思います。ちなみにもう一つの直径3メートル鍋で作られているみそ味の芋煮は整理券なしでほぼ待たずしてもらうことができます。個人的にはみそ味が好きなのですが、せっかく来たのだからということで両方もらってしまいました。


周りは知らない人ばかりなのに、皆同じものを食べているという妙な一体感が感じられ(同じ鍋の芋煮を食べているという点で共通している)、芋煮もおいしかったので(東北だから味付けが濃かったけど)非常に満足感の高いときを過ごすことができました。一家団欒には家族が皆同じものを食べることが重要だとどこかで読んだことがありますが、その理由が何となくわかるような気がしました。

ちなみに会場では「災害援助時に大量のお米を短時間で炊くことのできる機械」をPRするためにオニギリが無料配布されていたり、チキンラーメンもタダで配られていたので、待ち時間の間にこういうところに並んで待っている間の退屈さと空腹をしのぐことができます。冷静に考えたらチキンラーメンもおにぎりも100円前後で買えるのに、タダでもらえるということになると15分~20分くらいの待ち時間があっても並んでしまうんですね、これが。人間の心理って不思議だと思いました。また会場には「大鍋宣隊イモニレンジャー」なる正義の味方(何に対して戦っているのか今ひとつ不明)が会場内を歩き、子供と握手したり写真撮影に応じたりしていました。

a0079741_018021.jpga0079741_0181880.jpg食べた後の容器はリサイクルされるのだそうです。その方法はというと、容器内側に貼られている薄いフィルムをはがし、はがしたフィルムのみ捨て、容器はまとめて回収するのです。








芋煮会の後山形から再び仙山線で仙台に戻り、帰りの新幹線の中で駅弁を食べて…という食べてばっかりの旅行でした。

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ところで帰国以降あまり記事を書けていません。書きたいことはあれこれあるのですが(上海での話もまだ書いていないし)、文章にすぐにまとまらないのです。留学中と違って日本語で生活しているのに…かえってそのほうが雑念が入るからかも。確かに平日の昼間は会社にいて全然違うことを考えているので記事書きに割ける時間および頭のメモリが留学していた頃と比べて少なくなってはいるものの、要領よくやればその辺は克服できると思うので、要はやる気の問題だと思います。先月引っ越した新居もだいぶ片付いてきてモノも揃い落ち着きつつあります。先週はカゼと下痢を併発し会社を休んだりしていましたが、やっと回復しました。そんな訳でまたあれこれ書きたいと思います。引き続きよろしくお願いします。
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by coast_starlight | 2007-09-05 00:20 | 旅行

<旅行> 上海行き

しばらくぶりの記事となりますが、それまでの間何をしていたかというと、平日は会社に行き休日は引越しを含めモノをあれこれ買ったり家の中を整理整頓したりしていました。大小さまざまな出来事があるにはあったのですが、とにかく体がだるくて(夏バテの可能性高し)帰宅後10時頃には就寝しないと体がもたない日々でした。従って何か記事を書くという気力すらありませんでした(今でもあまりない)。7月以来ドタバタしていたのでたまった疲れが出たのかもしれません。先週末から会社は休みに入っており、土曜日夜から昨日まで帰省して家でゴロゴロしていました。夏休み後半の今日から来週月曜日までは上海に行きます。今となってはもう少しゴロゴロしたかったのですが、飛行機のチケットを買ってしまったから行くしかありません。う~ん、何で自分から望んで疲れに行くのか、と少し自分のことがよくわからなくなることがあります。

それはそうと何で上海なのか?私自身中国にはそんなに関心が高いわけではないのですが、上海にいる友人が「上海来ない?」と言ってくれている(そういう間に行ってしまうべき、というのが自分の考え方である)のと、前回の記事に書いた同級生が同じ時期に中国に旅行する予定だと聞いたので「そうだ、上海、行こう」というノリでその場で行くことを決めてしまったのでした。行った先で何をするかは…全く決めていません。とりあえず飛行機のチケットを7月下旬に買い、宿は友人が広い家に住んでいて空いている部屋があるからということでお世話になることにし、あと昨日ガイドブックを買ったくらいで、全然準備はしていません。こういう予定をあんまり立てていない旅行も久しぶりかも。今までの旅行は割とちゃんと事前に細かい予定を立てていたことが多いので。

中国語能力が基本的にゼロの私のために友人が中国語で書いてくれた道順(これをタクシーの運転手に見せればいいということ)を頼りに、もう少ししたら家を出て成田空港に向かいます。一体、どうなることやら…。それではまた。
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by coast_starlight | 2007-08-15 14:43 | 旅行

<旅行> サンタフェでお風呂に入る

日曜日の早朝、ボストンに戻りました。以下、サンタフェで書いたものをアップロードします。

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a0079741_1373184.jpgギャラップから300キロほど走ったところに、ニューメキシコ州の州都であるサンタフェという町があります。昨日(木曜日)はここで一泊しました。前日の宿とは違って今日の宿はダウンタウンの便利な場所に位置し、主な見どころに歩いて行けるので非常に楽です。部屋も(場所はまあまあでしたが)ベッドや調度品がかわいい部屋で、これが60ドルってお得…と思いました。でも税金などで別途16ドルほどかかります。アリゾナ州とニューメキシコ州は観光客からお金をとる仕組みづくりをきっちり作っているようです。





a0079741_1354965.jpgダウンタウンから車で10分ほど走ったところに、テンサウザンドウェイブスという温泉施設があります。漢字で萬波と書いてあるのが何ともいえません。ここは日本の温泉を再現したようなところで、駐車場に車を停め建物まで歩いていく途中の道、今自分は本当にアメリカにいるのかという錯覚を起こしました。それくらいよくできています。ここにはお風呂とマッサージ、および宿泊施設があります。お風呂は混浴と女性風呂に分かれており、水着は着ても着なくてもどちらでもよいことになっています。私は女性風呂のみ入ったのですが、水着を着ていた人は五人に一人くらいで、ほとんどの人が裸で入っていました。お風呂だけだと浴衣とタオルがついていて20ドルくらいです。アメリカでこのようなお風呂に入れることを考えると「まあそんなもんかな」という感じです。私が行ったのは夕方の5時頃ですが、思ったより人が多くてボケーッとするには少し混雑しすぎていたのが少し残念でした。

ところで入浴中に驚いたのが、仏像の入墨をしていた女性がいたことです。年齢は私とあまり変わらないか少し若いくらいと推定します。もっと驚いたのが、彼女がお風呂の近くで全裸であぐらをかいた格好で瞑想を始めたことです。う~ん、何ともコメントし難い…。正直「勘弁してくれよ」と同性ながら目のやり場に困りました。

売店にはアイスクリームが置いてありましたが、(瓶入り)牛乳が置いていないのが日本のお風呂としては足りないかも、と思いました。他には施設内に備え付けのシャンプーや石鹸、日本の工芸品(らしきもの)が置いてあって日本の温泉宿と似ていました。

入浴中に他の人と話していてちょっと気になったのですが、どうやら日本人は温泉で瞑想すると思っているらしい。ここの施設も最近瞑想室(meditation room)なるものをつくったらしいし。う~ん、それはちょっと違うんじゃないか…?もちろん日本人にも瞑想する人はいるだろうし場所によってもだいぶ違うだろうけど、どちらかというと温泉というと温泉に入った後は飲んで食べてカラオケしたり騒いだりと、快楽的イメージを私は持っているのですが。こちらでは落ち着いてお風呂に入りマッサージを受けたり瞑想にふけったり精神を休めるというイメージが強いようです。
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by coast_starlight | 2007-04-02 13:06 | 旅行

<旅行> ニューメキシコ州/ギャラップ

a0079741_0512043.jpg現在ニューメキシコ州の西の端っぽにあるギャラップという町に来ています。ここは人口19000人の小さな町ですが、アメリカンインディアンの住む町としては割と大きいほうではないかと思います。昨日(水曜日)の夜ここに到着したのですが、宿の部屋の窓から見える景色は写真の通りで、本当に何もありません。






a0079741_0523110.jpg今日はここを出てサンタフェに向かいます。昨日はセドナ→ギャラップ間約200マイル(320キロ)、今日もギャラップ→サンタフェ間約200マイルを走ります。明日はサンタフェ→アルバカーキ約60マイル(100キロ)を走った後電車とバスでデンバーへ向かいます。明日は合計10時間ほどの移動となりますが、自分が運転する距離は短いので車窓の景色を眺めながら考え事がいろいろできそうです。





a0079741_0535145.jpg昨日はセドナで過ごした後、午後3時頃セドナを出発しました。ギャラップまでは3時間半くらいでした。詳しくはまた書きますが、ずっと行ってみたいと思っていたセドナに行けてまあ納得しました。でもまた行きたいと思うだろうなー。
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by coast_starlight | 2007-03-30 01:04 | 旅行

<旅行> アリゾナ州/セドナ (+アメリカ国内旅行手配術)

今週いっぱい春休みで学校が休みです。幸い休みを越した宿題などもないので、ずっと行きたかった旧ハイウェイ66号線を(一部)たどる旅行をすることにしました。まずボストンからフェニックスまで飛行機で移動し、フェニックスで車を借りニューメキシコのアルバカーキまで車で移動します。その後アムトラックとバスを乗り継ぎデンバーへ移動、ロッキー山脈を見てデンバーから飛行機でボストンに戻るという予定です。フェニックスからデンバーまで約1500キロの道のりを全て一人で運転するのはさすがにきついので、後半は電車とバスを利用することにしバランスをとりました。そのほうが大幅に安くつくというのも主な理由です。先週木曜日になってやっと計画を立てたり手配をしたりする時間ができたのですが、ギリギリだった割には飛行機やホテルが安くで手配でき、今のところ満足度は高いです。

ところで今まで何度かアメリカ国内旅行を計画してきましたが、毎回思わされるのは税金や手数料が高いということです。本体価格に加えて飛行機だと1割増、レンタカーやホテルは2割増は当たり前。旅行開始前に手配したものの費用を以下にざっと書いてみます。

・飛行機
ボストン→フェニックス および デンバー→ボストン 
本体価格   $268.00 ←これはかなり安い
9・11対策  $  5.00 (正式名称は 9.11 security fee といい、フライト毎に$2.50…乗り継ぎするとその分増える)
旅客施設料  $ 10.00 (空港による)
連邦政府   $  6.80 (正式名称は federal domestic flight segment fee といい、フライト毎に$3.40)
予約手数料  $  5.99 (航空会社のホームページ以外の予約サイトを使うとたいがい加算される)
合計      $294.79

・レンタカー  ←旅行費用が上がっている主な要因
フェニックス→アルバカーキ
本体価格  $227.97 ($75.99/24時間) 
空港利用  $ 25.33 (空港にある営業所を利用すると加算され、大きい空港ほど高い)
税金     $ 40.29 (なぜこんなに高いのかわからない)
手数料    $ 20.91 (乗り捨て料金だと思うが、だとしたら安いかも)
合計     $314.50

・ホテル (3泊分の合計)
本体価格  $220.00 ←これもホテルのランクの割にはかなり安い
税金     $ 50.91 (州によって税率は異なる) 
合計     $270.91

・電車+バス
アルバカーキ→デンバー
本体価格  $ 62.90 (学割(15%)後)


というわけで、税金や手数料で既に$164.23も払わされています。これは全体の約17.5%を占めます。アメリカではレストランで食事をしたら税金に加えてチップを15%くらい払わなければなりませんが、それとほとんど変わらないといった感じです。

旅行を全くせず公共交通を利用し食事も自炊をしていたら、公共交通や食料品(惣菜や加工食品を除くいわゆる「食材」)には課税しない州が多いですから、このような割増料金をあまり払わずに生活をすることが可能です。旅行はある意味贅沢な行為なので、贅沢な行為からは徹底して課税したり手数料をとったりするんだなーということを旅行するたびに思い知らされます。そういうところで格差社会を感じます。日本では多くの場合消費税5%だけの負担で済むので、本当に安く感じます。日本の空港使用料(羽田空港および北九州空港で大人100円・子供50円、中部空港で大人200円、子供100円)や石原都知事がつくったホテル税(1泊1万円以上の宿で100円/1泊、1泊1万5千円以上の宿で200円/1泊とられる)なんてかわいいものです。

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以下、各項目について説明します。ここからアメリカ国内旅行を安くあげる術を読み取ってください。アメリカに住んでいる人以外にはどこまで役に立つかは何ともいえませんが…

<飛行機>

飛行機のチケットを取る際、今回私はオービッツという予約サイトを利用しました。これは行き先と日にちを入れると、該当便(乗り継ぎも含む)を飛ばしている航空会社の料金の比較一覧表を出してくれるというとても便利なサイトです。行きと帰り、また乗り継ぐ便の航空会社が違うという組み合わせも出してくれます。似たようなサイトで、エクスペディアやトラベロシティーというサイトもあります。サイトによって契約している航空会社が微妙に違いますから(例えば格安航空会社ジェットブルーと契約しているのは確かトラベロシティーのみ、など)余裕があれば全部調べると良いと思います。

今回は最初フェニックスに入りデンバーから戻るという旅程なので、行き帰りが別の航空会社(行きはUSエアウェイズ、帰りはユナイテッド航空)の組み合わせが一番安いと出ました。こういう組み合わせは航空会社のサイトでは安く買うことができません。従って予約手数料を払ってでもここから買う意味があります。行き帰りが同じ航空会社のチケットを買うのなら、航空会社のサイトにアクセスし直して買うことにより予約手数料分を節約できることもあります(いつでもそうとは限らない)。今回の場合、フェニックスおよびデンバーはそれぞれUSエアウェイズとユナイテッド航空のハブ空港なので安いのだと思います。自分の行き先をハブ空港としている航空会社の便は、本数も多いし値段も安いことが多いです。行きが乗り継ぎだと合計$260くらいという組み合わせもあったのですが、時間がもったいなかったのでやめました。乗り継ぎだと安くなることはよくありますが、フライト毎に払わなければならない料金があるので少し安いくらいだったらノンストップ便のほうがいいです。時間もかかるので割に合いません。

このような中立系サイトのもう一つの利点は、飛行機+ホテル+レンタカーの組み合わせでいくら、といった抱合せ販売による割引もしてくれることかもしれません。他にも、ツアーやショーの予約なども同じサイトでできるので便利かもしれません。以前ラスベガス行きの航空券を予約したとき結婚式の予約もできるようになっていてビックリしました。でももっとビックリしたのは個数が1~10まで選べたことです。単位はもちろん「カップル」。このサイトで合同結婚式を予約する人がいるのだろうか…。サイトをデザインした人は特に疑問を抱かなかったの??


<レンタカー>

a0079741_13111579.jpgレンタカー料金の項目にある「空港利用料」とは何でしょうか?例えば今日車を借りたフェニックス空港では、レンタカー会社の営業所が空港から遠く離れたところにあるので、そこまでシャトルバスに乗っていかなければなりません。バスに乗って10分くらいのところに全てのレンタカー会社の営業所が入った巨大な建物(写真)があり、車を借りる人は皆そこで手続きをします。このシャトルバスや巨大施設の運営費用をまかなうために空港利用料が上乗せされるのだと思います。それにしても高すぎ。だいたいそんな巨大施設を作ってなんて誰も頼んでないってば。アンタが勝手に作ったんでしょ…と言いたくなります。ゆえに、街中の営業所で車を借りる場合は払う必要はありません。市街地に用事のある場合はそこまでシャトルバスなどで行って、その後車を借りたほうが安くつく可能性があります。

レンタカーの料金計算は24時間単位で行われます。正午に借りると次の日の正午までが「1日」です。ただし営業所の営業時間内でないと車を借りたり返したりできないので(返却は場合によっては可能)注意が必要です。大きな空港だと24時間営業のところも多いと思います。もし返却が遅れた場合、1時間程度の猶予を認めているところもあれば5分くらいでも追加料金を取るところもあるのでこれも注意が必要です。この場合の追加料金はレンタル代は超過1時間分で済みますが、免責部分を補償する追加の保険などは1日単位なので気をつけないといけません。私は以前5分の遅れで$26も追加料金を取られて泣きを見ました。


<ホテル>

ホテルは今回プライスラインなるものを初めて使ってみました。これは場所とホテルのランク、自分が出してもいいという価格を提示すると、その価格で部屋を売ってもいいよというホテルとマッチングをしてくれるというサイトです。ポイントは部屋がとれるまでどこのホテルになるかわからないということです。その時点でクレジットカードから料金が引き落とされるので、ある意味賭けです。自分の好きなホテルチェーンがあるという場合はお勧めできませんが、どこでもいいという場合はお勧めです。今回デンバーのハイアットリージェンシーが70ドルでとれたのにはビックリしました。今いるセドナの宿も、本来なら179ドルらしいですが90ドルで泊まることができました。

ホテルは旅行代金のかなりの部分を占めるので、可能な限り宿泊日数は少ないに越したことはありません。つまり、自宅を朝早く出て夜遅くに帰ってくるような旅程を組んだほうが、費用節約のためには良いということです。今回私は朝8時半の便でフェニックスに向かいました。午前6時発などあまり早すぎるとタクシー代がかかるのでこれくらいが限度です。自宅から空港までは公共交通で$1.70なのに対してタクシーだと$35くらいかかります。たとえ飛行機のチケットが数十ドル安くてもタクシーに乗るのなら本末転倒です。帰りはデンバーを夜12時前に出る便(ボストンには早朝5時半頃到着…このような東に向かう夜行便をレッドアイと言います)にしました。自分の都合および体力と相談してうまくスケジュールを組むよう心がけています。

なお、今回の旅行ではホテルに4泊するのですが、お金を払って手配したのは3泊で、残り1泊はもともと持っていたヒルトンホテルのポイントを使ってタダで泊まることにしました。私が今回泊まる宿は20000ポイントの宿ですが、普通にお金を払って泊まる場合の宿泊料金は推定60ドルです。しかし税金も払わなくていい(支払った金額の○%という計算方法をとるから)ので、その分もポイントの価値と判断すると、20000ポイントで70ドル→10ポイントは約3.5ドル(約4円)となります。日本のヒルトンホテルだと30000ポイントで10000円分の金券がもらえる(この場合10ポイントが約3.3円)そうですが、それよりもポイントが生きていると言えます。大体の場合、飛行機のマイレージは飛行機のチケットに、ホテルのポイントはホテルの宿泊券に…というようにその会社が本業とするものと引き換えたほうがポイントが生きると思います。


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そんなことはどうでもよくて、セドナ最高!赤土がベースの独特の風景が何ともいえません。セドナには多くのアーティストが住居を構えており、大小さまざまなギャラリーがあります。確かにこの景色からインスピレーションを与えられるんだろうなぁ…感動だけじゃなくて。

明日はせっかくセドナに来たのだから…ということでスピリチュアルカウンセラーによるサイキックリーディングに行ってきます。これは占いというか何と言うか、説明が難しいです。自分の過去や未来についての気づきを得るための手助けをしてくれるというか…正直なところまだ行っていないのでわかりません。他にもハイキングやギャラリーめぐりなどもしてみようと思っています。
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by coast_starlight | 2007-03-28 13:22 | 旅行

<旅行> ボスニア・ヘルツェコヴィナ/サラエボへ行く

先週同級生の家に滞在している途中、2泊3日でサラエボへ行ってきました。ベオグラードからはバスで約7時間、高速道路もない田舎道をひた走っていきます。ボスニア・ヘルツェコヴィナ国境へ近づくにつれ山道になっていくので、さらにバスの速度は遅くなります。従って直線距離はあまり遠くないのですが時間がかかります。列車・飛行機はあったとしてもとても稀。この2つの国の関係を考えると想像がつきます。

a0079741_22345212.jpgサラエボまでの道中、特にボスニア・ヘルツェコヴィナ国境を越えたあたりから戦争で破壊された家がそのままになっているのが目立ち、何もいえない気持ちになりました。廃墟になっているところもあれば、そのまま人が住んでいるところもあります。また、建て替えて立派になっている家もそれなりに多かったものの多数ではなく、それが(建て替えられていない)他の家をさらに引き立てている感じがして風景として全体を見るとさらに落ち込む気分になりました。




a0079741_22322738.jpgボスニア・ヘルツェコヴィナは、主にクロアチア人とモスリム人が住む「連邦」とセルビア人が住む「スルプスカ共和国」に微妙に分かれています。国家としては一つなのでどこで境目を越えたのかは(少なくとも外国人の目からは)よくわからないのですが、町並みからも何となくわかるかもしれません。看板の文字がキリル文字だとセルビア人区域だとわかります。ベオグラードからサラエボへの道中、スルプスカ共和国区域内のカフェではセルビアの通貨(ディナール)が使えましたが、連邦区域内に入るとディナールは両替すらできません。そのためユーロが必要になります。たぶんディナールを出したら外国人だったら手違いで済ませられるかもしれませんが、セルビア人がディナールを出すことはちょっとできないかもしれません。ボスニア・ヘルツェコヴィナ国内の通貨(コンバーチブルマルク;略称KM)はどちらでも使えますが、2KM=1ユーロとほぼ決まっているようなので、ユーロがそのまま使えるところも多かったような気がします。

a0079741_22241688.jpgベオグラードからのバスはほとんどがサラエボの鉄道駅近くにあるバスターミナルではなく、サラエボから離れた(スルプスカ共和国内の)ルカヴィカという村のバスターミナルに到着します。ここからサラエボ市内まではタクシーで15分くらいです。何となく予想していたのですが、やっぱりサラエボ市内には着かないんだー、という気分でした。しかし不思議なことにユーロラインが運行するベオグラード行きのバスは鉄道駅近くのバスターミナルから発着します。帰りはユーロラインのバス(写真)に乗ったのですが、値段は大して変わらないのに車両はキレイだし、何だこの違いは!?と思いました。個人的にはユーロラインのバスを勧めます。早起きしなければならないのが難点(サラエボ→ベオグラードのバスは朝6時発)ですが…。

サラエボでは、Hostel Skendという宿に泊まりました。ここは家族経営のペンションみたいなところなのですが、サラエボの宿では珍しくインターネット予約を受け付けており、中学生くらいの息子が英語ペラペラなので不自由しませんでした。値段もシングルで25ユーロ(4000円くらい)で良心的。キッチンもついており自炊もできますので一人で旅行する場合は特にお勧めです。ところで彼の英語は本当に英語圏に住んだ経験がないのか?と思うほど上手くて驚きました。外国ドラマの観すぎじゃないか、と思うこともありましたが…。また彼は英語がしゃべれるというだけでなくとても頭がいいです(話をしていてわかります)。宿のウェブサイトの開設や英語のやりとりなどは全部彼がやっているようです。今週はまだ学校が休みだったので、彼にお小遣いを払ってサラエボ市内を案内してもらいました。

a0079741_22274890.jpga0079741_22302025.jpg滞在時間が短かったのであまり多くの施設を回ることはできませんでしたが、1992年~95年の戦争時に掘られたトンネル跡は見ることができました。戦争時サラエボは周囲をセルビア軍に包囲され、山あいの町という地理的条件も重なり空港が唯一の外界との接点となっていました。セルビア人勢力と戦っていた時にボスニア政府軍(クロアチア人とモスリム人)は空港までトンネルを掘り、このトンネルを使って武器や食料品・医療物資を運んでいました。トンネルは幅1.2メートル、高さ1.6メートルほどで非常に狭く、私でさえこの中を800メートルも歩くのだと想像すると「万が一天井が崩落したら間違いなく生き埋めになる」と思ってぞっとしたくらいです。体格のいいこの地域の人たちが通るのはさぞかし窮屈だったろうと思います。このトンネルは普通の民家の裏庭に掘られ、今でも博物館としてそのままの形で残っているのですが、博物館へ行くのは少し難しいです。できれば誰か知っている人と一緒に行くかタクシーで行くかしたほうがいいと思います。私達はサラエボ中心部から路面電車に乗り、終点から30分くらい歩いていったのですが、たぶん一人だったら確実に道に迷っていたところです。他にもボスニア様式の家や旧市街などを見て回り、当日は天気が悪かったのが残念でしたがそれなりに充実したひとときを過ごすことができました。

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恥を承知で書くと、サラエボで起こっていた戦争がこんなにひどいものだとは当時全然認識していませんでした。戦争時私は高校生~大学生だったのですが、その頃は大学受験の勉強とか自分のことばかりに関心が向いていて、新聞やテレビのニュースに目は通していたけどそれを自分の意識にどこまで彫り込んでいたかと思い巡らすと、あまり記憶にないのです。とりあえずひどいことが起こっているということだけ何となーく感じて日々暮らしていたような気がします。この頃日本では1995年1月17日に阪神大震災がありましたが、やはり同じ国内の出来事ということでそちらのほうが関心度が高かったかもしれません。それが良いのか悪いのかは何とも言えませんが、物理的距離と関心の度合い(attention)が比例している―遠い距離の出来事ほど実感が湧かない―というのは多くの場合事実だと思います。私がいろんなところに行きたいと思って実際に行ってしまうのは、この状態を少しでも経験によって補うことにより自分の想像力を高めたいと無意識のうちに思っているからかもしれません。でもただ行けばいいというものでもなく、その地のことを短い時間で可能な限り深く知るのに好ましい行き方(現地にいる知人を頼っていくなど…もっとも、そのためには前段階として知人をつくるということが必要になりますが)というのがあるということが何十回も旅行してやっとわかってきたので、少しは以前より賢くなったかも…とちょっと思ったりします。
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by coast_starlight | 2007-02-02 22:43 | 旅行