カテゴリ:話のネタ( 23 )

<話のネタ> ウェスタン・ユニオン

a0079741_4591280.jpg世界各国市街地のいたるところには、黄色と黒の"Western Union"のロゴのついたお店があります。ウェスタン・ユニオンは国際送金サービスの世界最大手で、世界200カ国に約27万店の代理店ネットワークを持つ金融サービス会社です。国際送金だけでなく小切手の現金化や外国為替、クレジットカードやプリペイドカードなども取り扱っています。ウェスタン・ユニオンの歴史はとても古く、1800年代にまでさかのぼります。当時は電報を手がける会社としてスタートしたもの電信送金も扱うようになり、やがてそれが本業となり送金サービスのほうで知られるようになりました。昔の本業だった電報業務も昨年で撤退しています。ここ最近はオンライン送金などの分野にも進出しているようですが、今でもメインは国際送金や小切手の現金化のようです。ちなみにウェスタン・ユニオンを利用して国際送金するには、まず最寄のウェスタン・ユニオン送金取り扱い窓口に行き、送金したいお金を支払います。その後受取人が最寄のウェスタン・ユニオンの窓口に行ってお金を受け取ります。カバーしている国は非常に幅広く、アメリカ・イギリスといった場所だけでなく、フォークランド諸島やニジェール・モーリタニア、コソボやイラクにも送金できるというところがすごいです。送金できない国はイラン・ミャンマー・ソマリア・北朝鮮くらいでしょうか…。

ところで私が中学生の頃、ジャネット・ジャクソンのエスカペイド(Escapade)という歌が流行っていましたが、この歌のサビの部分の歌詞はこうなっています。

My mind's tired I've worked so hard all week
Cashed my check I'm ready to go
I promise you, I'll show you such a good time

アメリカでは給与は小切手で支払われることが多く、そのため基本的には銀行口座に入れないと現金化できません。しかし銀行口座を持っていない(持てない)人もかなりいます。銀行口座を開くためには公的な身分証明書が必要で、また外国人は場合によっては有効なビザを提示しなければならないなど手続きが面倒であるため、例えば不法滞在者は銀行口座を開けないと思います(抜け道はあるかもしれませんが…)。したがってこの歌の主人公はおそらく小切手を銀行口座に入れず、ウェスタン・ユニオンのようなお店で給与小切手を現金化したのだと思います。中学生の当時この歌を聴くたびに「小切手を現金化するってどういうこと?何で小切手を現金化しないと遊びにいけないんだろう?」と素朴な疑問に思っていました。私は当時アメリカに住んでおり、給料が小切手で支払われるというのは知っていましたが、普通は銀行口座に一旦入れるため、すぐには現金化されません。おそらくどこかで現金化してもらうんだろうけど、手数料を払ってまで小切手を現金化しないと遊ぶお金もないなんて、この歌の主人公は自転車操業(今風に言えばキャッシュフローがない)なんだな…と子供心に思っていました。その頃はウェスタン・ユニオンの存在も知らなかったため、大人になってから「あ、そういうことか」と納得がいったのですが、その頃は銀行口座を開けない人の存在は知りませんでした。ウェスタン・ユニオンがあるところは市街地か移民の多い地区がほとんどで、郊外の住宅地にはまずありません。ウェスタン・ユニオンに用事があるのは主に銀行口座を持たないが給与が小切手で支払われるので現金化する必要がある人と、本国に送金する必要のある移民の人達です。もちろんウェスタン・ユニオン自身は他にもあらゆるサービスを手広く行っていますが、個人が店舗に行く用事というと主にこの二つだと思います。留学していた頃、ハーバードスクエアの隣の駅のセントラルスクエアの駅近くにはウェスタン・ユニオンのロゴのついたお店(代理店)を数多く見かけました。

そんなわけでウェスタン・ユニオンは移民社会には非常に根深く関わる存在なのですが、移民から高い手数料を搾取しているという理由でウェスタン・ユニオンを使うなというボイコット運動も何度か起こっています。そういう経緯からかウェスタン・ユニオン社は社会貢献活動の一環として移民が多く来ている国の団体に支援するなどしています。


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ウェスタン・ユニオンは日本人には非常になじみが薄いと思います。海外の旅行先で両替したりトラベーラーズチェックを現金化するのにお世話になるくらい?ちなみに日本ではスルガ銀行が唯一ウェスタン・ユニオンの送金を扱っています。しかしアメリカやイギリスの側面について(特に移民社会について)知ろうと思うとウェスタン・ユニオンの存在抜きには知りえることはできないと思います。留学中からウェスタン・ユニオンについてはずっと書きたかったのですが、結構纏めるのが難しくてやっと今日記事とするに至りました。

a0079741_4595037.jpgロンドンにもウェスタン・ユニオンの窓口は街中至るところにあります。この黄色と黒のロゴを見ると「世界中いろんな人がいろんなところで暮らしているんだなー」とそこで暮らす人達に思いを馳せる自分がいます。
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by coast_starlight | 2008-05-12 05:00 | 話のネタ

<話のネタ> 上昇志向

留学が終わり職場に戻ってから10ヶ月が経ちました。現在私は滞在先のロンドンにて英文の書類(主に契約書関係)を読んで内容を解説する資料を作成したり、現地の弁護士や銀行家とやりとりして必要な書類や図表をまとめるといった作業を主に行っています。ケネディスクールに留学中の授業で習った内容はその一部が直接役立っており、一応会社に対しては留学したことが生きていると言える仕事ができていると思ってほっとしています。しかし必要な周辺知識や扱う契約書にある概念が難解であるなどあらゆるところで壁にぶち当たり、「自分の実力って本当に大したことないな…何て自分は頭が悪いんだろう」とほぼ毎日夕方くらいになるとうだつの上がらない自分がイヤになって気分が暗くなり始めます。その後しばらく仕事をしてこれ以上気力が持たないと思ったところで帰宅することにし、地下鉄に乗っている間悶々と考え事をしたり携帯電話のゲームをやって気を紛らわしたりしているうちに少し回復して部屋に戻る…という日々を過ごしています。

同じ留学仲間を見ていると、本当のところはよくわかりませんが、多くの人は夜遅くまでの激務も厭わず向上心を持って仕事をしているような気がします。またその結果成果を上げ収入や地位も上がっているのではないかと思います。またその収入や地位が欲しいという上昇志向があるからがんばれるという側面もあると思います。なので、そういう考えの持ち方と実際の仕事の仕方次第で30代前半にもなると差もだいぶ出てくるような気がします。幸い今の職場での仕事内容には満足しているものの、もう少しは上昇志向を持ってがんばらないともしかしてこれから給料は大きくは上がらないのだろうか…と思うとちょっと暗い気分になります。でも私は今でも(そこまで上昇志向を持っているかどうかは別として)それなりにがんばっているつもりだし、これ以上働いて老化が早まるんだったら(実際職場の同年代の人を見回すと頭髪や肌の見た目にも差が出はじめています)私は肌ツヤのほうをとりたいかも、と思い少し微妙な気がします。就職してから8~10年くらい経つと、働き続けるということにおいては覚悟(諦め?)がついてもそれとは別に昇進にこだわるべきかどうかということも考え始めるようになると思います。

私は学生の頃から、体力と精神衛生の両方の面でもたないからあまりに労働時間が長い仕事には就きたくないという思いが強かったので、少なくとも電車のある時間には帰れてなおかつ自分のやりたい分野の仕事ができるところで働きたいというのが希望でした。実際は不定期な長時間労働あり、頻繁な海外との往復(+時差ぼけ)ありのきつい仕事であり、学生の頃の見通しが甘かったということもありますが「何で自分はこんなに仕事をしているのか」と感じることはよくあります。なのである程度の上昇志向がないと精神的に苦しいので多少は持っているつもりですが、あんまりガツガツするのも何だかなぁ、当たり前のことを当たり前にしたいだけなのに…という複雑な気分で毎日働いています。他の留学仲間はどう思っているのだろう??
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by coast_starlight | 2008-04-19 06:56 | 話のネタ

<話のネタ> ラブリーなシチュエーションとは

ロンドンで生活するようになりしばらくが経ち、イギリス英語にも少しづつ慣れてきました。アメリカ英語とは発音・イントネーション・言い回しにおいて異なる点が多く、初めのうちは相手が何を言っているのか分からずあたかも英語初心者みたいに何度も聞きなおしていました。さすがに2ヶ月近くが経ちだいぶ聞き取れるようになってきましたが、やはりアメリカにいるときよりも神経を使います。そんな中どうしても慣れない表現の一つにラブリー(lovely)があります。普通に考えると愛らしいとかいう意味なのでしょうが、こちらにいるとそういう思い込みがあると「!?」となり調子が狂います。例えば以下のようなシチュエーションが「ラブリー」なのだということが最近わかってきました。

<仕事の場で>
「次の会議はいつにしますか?私は火曜日の午後が空いていますが。」
「私も火曜の午後で構いません。」
「ラブリー。じゃあそうしましょう。」

<道を聞かれたとき>
「地下鉄の駅まではどのように行けばよいですか?」
「あの通りをまっすぐ行って、突き当たりを左に曲がれば駅ですよ。」
「ラブリー。どうもありがとう。」

辞書を引くと「結構な(fine)」という意味もあると書いてあり頭では理解できるのですが、特に男の人がラブリーを連発しているのを聞くとどうも「う~ん」と一人心の中でうなっている自分がいることに気づきます。またどういうシチュエーションがラブリーなのかを突き詰めて考えると、どうやら「自分にとって都合がいい」状況を指すようです。先に挙げた二つの例はいずれもそれに当てはまりますし、もう一人がラブリーと言っていたらどうもそれはしっくりきません。

このラブリーという表現は英国人でも使う人と使わない人がいます。女性は普通に使っていますが、男性だと使う人と使わない人はおそらく半々くらいかなぁ…。私の職場の英国人スタッフを例にとると、男性でも物腰が柔らかい感じの人は連発しているけど元軍人のスタッフは使っていないとか、やはり傾向はあるような気はします。ちなみに、日本人がラブリーを使うのは結構難しいと思います。使ってるシチュエーションが正しくても何となくイヤミったらしく聞こえるというか…。他に日本人がいればなおさらです。というわけで私はどうも恥ずかしい気がして使っていません。うまく使えるようになればアメリカ英語とイギリス英語の両刀使いへの道に一歩近づくのかもしれませんが、まだまだ道のりは遠いようです。
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by coast_starlight | 2008-04-15 07:23 | 話のネタ

<話のネタ> マイル修行

昨日JALグローバルクラブの話を少し書きましたが、そういえば留学中同級生でANAのスーパーフライヤーズクラブに入るために「修行」をしている人が何人かいました(複数人というところが怖い)。卒業後仕事に戻ったら時間がとれないから留学中に修行に励むのだと彼らは言っていました。会員資格を得るのに必要な「1月~12月の間に50回の搭乗実績」をつくるために朝早くから日帰りあるいは1泊旅行を繰り返し、例えばボストンからピッツバーグ(割と短距離)に行くのにニューヨークで乗り継いで回数を稼いだりなど結構笑えました。また、このステータスを得るために旅費を50万円くらい投資していたような気がします。しかし!マイル修行に関してネットでいろいろ調べてみると、上には上がいることがわかりました。例えば一日の間に距離が短くて値段も安い羽田~大島や伊丹~徳島を可能な限り往復して回数を稼ぐ人がいたり、「果たしてここまでお金と時間をかけて会員資格を得ることにどれだけのメリットがあるのか」を経済的観点から論じる人がいたり、「世の中には物好きな人が多いんだなー」と関心させられます。ちなみに来年からJAL/ANAともに上級ステータス獲得基準を大幅に変更するのですが、ある意味このような「マイル修行僧」をさらなる苦行に陥れる制度変更かもしれません。具体的には、ANAの場合会員資格取得基準に搭乗回数は考慮されなくなり、ポイントに一本化されます(JALは上級ステータスのみ)。このポイント計算がミソで、国内線の場合ある程度高いチケットなら「搭乗距離に応じて得られるポイント数+400」ポイントが加算されます。おそらくこの400という数値を含む微妙な変更内容はそれなりの経済計算を行った結果出てきた数値なのだと思います。MBA持ったコンサルタントのいるコンサルファームとかに頼んで計算させたのかも…。

私も留学中いろいろなところに旅行しましたが、マイレージにこだわると安いチケットが手に入らないことが多くて「マイルが貯まったらラッキー」くらいにしか考えないようにしていました。そのためジェットブルー(アメリカの格安航空会社)やアイスランド航空(ボストンから欧州各都市に行くには私が知る限りアイスランド航空が一番安いと思います)、グリーンランド航空といったどこのアライアンスにも加盟していない航空会社をよく使っていました。しかし同級生の「マイル修行僧」は格安でチケットが売っていてなおかつスターアライアンス系の航空会社を利用することを前提に行き先を決めることが多く、私のような行き先ありきの旅行とは明らかにスタイルが違っていました。

ちなみに私はJALグローバルクラブの会員証を持っています。入ったのは2005年に仕事でJAL便しか飛んでいないところに何度か行くようになったのがきっかけです。それまでは出張のとき行きがJALで帰りがANAということもあったくらい航空会社の選択はテキトーでした。またスターアライアンスに加盟するANAのほうがメリットが大きいし(当時JALはワンワールドに加盟していませんでした)スーパーフライヤーズクラブのほうに興味があったのですが、出張でJAL便に乗っているうちにポイントが貯まってきて「これはいけるかも」という思いが募り「それじゃちょっとやってみるか」とやる気を出してみたのでした。従っていわゆる自主的な「修行」はしていないのですが、ドアツードアで20時間、乗り継ぎが悪ければ30時間以上かかるところに仕事で1ヶ月の間に2往復したりというのはある意味苦行でした。それと引き換えに得られるものはというと、チェックインカウンターや搭乗ゲートで列をすっ飛ばして行けることや、ラウンジでタダの食事を食べられること、荷物が早くターンテーブルから出てくることなどです。これらは当然飛行機に乗らなければ得られない恩恵ですが、飛行機に乗ること自体私にとっては苦行なので、その見返りとしてはまあ妥当じゃないの?と思うこともあります。留学中はまだJALがワンワールドに加盟していなかったためこれらの恩恵を受けることはなく、格安航空券ホルダーとしておとなしく列に並んでいました。でも、遊びで行く旅行で列に並んでいる間は同行者とおしゃべりしたり旅先で何をしようかと想像したりとそれなりに楽しいのですが、仕事で列に並ぶのは苦痛以外の何者でもない、と最近思うようになりました。

今年は既にJALおよびワンワールド系航空会社の搭乗で半年足らずで5万ポイント貯まってしまいました。この調子だと来年はダイヤモンド会員が狙えるかもしれません。でもそんなことより飛行機に乗らなくて済む「どこでもドア」ができないかなぁ…。もっとも本当にできてしまったら我々の商売(鉄道車両を海外に売る仕事)が成り立たなくなってしまうので、それはそれで考えものです。
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by coast_starlight | 2007-12-22 19:25 | 話のネタ

<話のネタ> 出張移動時の過ごし方

この3週間ほどの間に出張で東京とロンドンを2往復してしまいました。成田~ロンドン便は片道約12時間です。単純計算でまるまる2日間を飛行機の中で過ごしたことになります。飛行機があまり好きでない私にとって、これは結構辛いことです。今回は、出張の移動手段である飛行機について書きます。

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出張の際はJALを使うことが多いです。特にJALが好きというわけではなく、上の人が乗るから同じ便に乗っているという、それだけの理由です。会社としてJALを使うことが推奨されているというわけでもありません。しかし同じ航空会社を何度も使っているとラウンジが使えたりと特典がついてくるため、結果として皆JALに乗ることが多いです。

ロンドン行きの便は正午に出るため、家を9時前に出てタクシーで京成上野駅に行き、そこからスカイライナーに乗って10時半頃に成田空港に着きます。留学前は川口市に住んでいたのですが、そのときは正午の便に乗るためには朝7時半くらいに家を出なければならなかったので、それと比べて格段に楽になりました。チェックイン後出国手続きをし、10時45分くらいに出国エリアについたらとりあえずラウンジに行きます。そこで雑誌を読んだりボケッとしたりして過ごし、適当にオミヤゲや免税品を買った後出発直前にゲートに向かいます。ちなみにJALのラウンジには食堂(無料)があるのですが、ここのカレーは肉が大きくておいしいのでラウンジに行ったら毎回早い昼食にカレーを食べます。あと運がよければ(空きがあれば)15分のマッサージ(これも無料)を受けることができます。今回はラウンジに入ってすぐにマッサージルームに行き予約をとることができました。

JALは今年ラウンジを大幅リニューアルし、広さ4000平米という特大ラウンジを整備し、またサクララウンジとファーストクラスラウンジの2段階に分けました。サクララウンジにはビジネスクラスだけでなくプレミアムエコノミーの航空券保持者も利用可能であり、またエコノミークラスのチケットでもグローバルクラブ会員(後述)なら入れるため、結構いろんな人がいます。最近は出張の人だけでなく家族連れや明らかに遊びの人もいたりしてラウンジが大衆化した感じがします(私もこの大衆化に思いっきり加担している訳ですが)。JAL便に頻繁に乗るとグローバルクラブというものに入れるのですが、この会員になるだけではファーストクラスラウンジには入れません。ファーストクラスラウンジに入るためにはファーストクラスの航空券を買うか飛行機にたくさん乗って7万ポイントを稼がないといけません(ここではポイント獲得の詳細は割愛します)。ちなみにグローバルクラブに入るための条件は5万ポイントです。グローバルクラブ会員資格は一旦会員になれば飛行機に乗らなくても年会費を払い続けることにより維持できますが、ファーストクラスラウンジを使えるステータスは飛行機に乗り続けないと維持することができません。従って大衆化していない、ラウンジらしいラウンジ(?)としてファーストクラスラウンジができたのかもしれません。私はファーストクラスラウンジには足を踏み入れたことがないのですが、どういう人達がいるのかちょっと興味があったりします。

また海外出張に行くこと自体かなり体力を消耗するため、最近は体力を温存するために知恵を絞るようになりました。例えば大きい荷物(スーツケース)は週末に先にまとめて空港に送るようにしています。ある程度上のクラスだとタダで送れますし、グローバルクラブ会員になるとエコノミークラスのチケットを持っていても一往復につき一個(片道)このサービスがついてきます。事前に衣類や日用品をまとめておくと直前になって焦らなくてすむし、今は送ったらそのままチェックイン手続きができるので成田で荷物を一旦引き取る必要がありません(アメリカ便など一部の便ではこれができません)。事前に荷物をまとめられるようにするためには当然段取りをよくする必要がありますが、実際やってみるとかなり楽だと感じました。出張直前には小さめの旅行カバンに残りの衣類などの荷物を入れ(これも預ける)、もう一つパソコンや書類を入れるカバン(これは手荷物)を持って行きます。直前にドタバタするとこれまた神経を消耗します。朝余裕を持って出発したいと思うと大きな荷物はあらかじめまとめておいたほうが良いと思います。それでも手荷物が結構重くなるのですが…。

飛行機に乗る際は、以下のものをあらかじめスーパーの袋のような汚れてもいいプラスチックの袋に入れておきます。
・手ぬぐいサイズの分厚めのタオル
・読みたい本
・保湿剤やハブラシ/ハミガキなど
・スリッパ
エコノミークラスの座席の場合、これらのものをまとめて足元に置いておけばその後が楽です(通路側の席でない場合はなおさら)。ちなみに「手ぬぐいサイズの分厚めのタオル」は、丸めて首の周りに巻いて首枕代わりに使います。市販の首枕と比べてかさばらず継ぎ目が首に当たって痛いこともなく、首にフィットしますので私は愛用しています。

飛行機の中での時間のつぶし方には毎回悩むのですが、最近は映画を観て過ごすことが多いです。今は各座席に個別の画面がついているし、好きなときに好きな映画を観ることができます。映画も最近のものだけでなく割と古いものもやっていて面白いです。私はハリウッド映画よりもインド映画や香港映画などストーリーがわかりやすい映画を観る傾向があるのですが、前回の出張の際はブルース・リーの「燃えよドラゴン」があったので思わず見てしまいました。隣の席の人が日本人でない(日本語がわかりそうにない)場合は、日頃の出来事や考えていることなどを文章に書いたりすることもあります。飛行機での時間は考え事をするのには向いていると私は思いますが、これは人によると思います。私はあまり寝られないほうで、例えばロンドンに行くときは12時間中寝ているのは2時間くらい、多くて3時間そこそこだと思います。西方向に飛ぶ場合は到着が夕方なのでむしろあまり寝ないほうが良いと考えるのもその理由の一つです。(従って、アメリカなど東方向に飛ぶ場合は可能な限り寝るよう努めます。)

続きはこの3連休の間にでも書きます。
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by coast_starlight | 2007-12-21 23:56 | 話のネタ

<話のネタ> 秘すれば花?

先日、ある本の『秘すれば花』という箇所を読んでいて、ちょっと引っかかる場所がありました。どういうことが書いてあったかを大ざっぱに纏めると以下の通りです。

①自分の中で消化し切れていない失敗談や苦労話は言うべきではない。消化し切れていて笑い話として話せるのであれば良いが、怒り・悔しさ・情けなさ・恨みなどが残っている状態で告白すべきではない。そういう場合は友人や身内にではなく電話相談などで匿名で相談すべき。

②友人や身内に自分の弱い部分や醜い部分はあまり見せないほうが良い。自分で消化し切れていない時は、何もかもは言わず、ドロドロした部分は隠しておいて時間が解決してくれるのを待つ。

③不完全で欠点の多い自分をありのままにさらけ出して認めてもらおうと考えるのは不遜極まりない。できるだけそうした自分を見せないで少しでも良く見せようと努力することが人としての品性を高める。いかに表に出さないよう努力するかが重要。

これを読んでいて「う~ん、例えば自分の親がこういう考えの人だったらちょっと子供としては辛いかも。秘密にしすぎて自分でその辛さが結局消化できずに行動や言動ににじみ出てしまったら『秘すれば花』どころか『秘すればサボテン』になってしまうじゃん。」と思いました。これらは仕事やあらゆる付き合いの場で知り合う人やあまり親しくない親戚には当てはまるかもしれませんが、家族だったらドロドロした部分も受け止めてあげようと努める、そういう自分の懐を広く持つよう努力してあげることが愛じゃないの?と思ってしまいました。もちろんそれに甘えず自分自身で消化できる容量を上げるべく努力することも大事ですが、その容量を超える辛いことだって人生多々あると思います。どこまでが自分自身で消化可能で、どこから先は無理かというその「やばさ」を感じ取る直感を鍛え、全部自分で抱え込まずに、そういう時にしかるべき相手にしかるべき形で助けを求められる能力も同時に大事ではないのかと思いました。本当に辛いときは、品性もへったくれもありません。

家族だけでなく、親戚や友人に対しても、相手が本気で自分に何かを相談したいというシグナルを発していると感じ取れば、可能な限りそれを受け止めるよう努力してきたつもりです(こちらからはよほどのことがない限りは聞かないですが)。逆に、今までの人生を振り返ると、私がそういうことを相手に求めてしまった場合もなくはないので、そういう自分が否定されたような気がして少し落ち込みました。なぜなら、さらけ出すのにだってものすごいエネルギーがいるからです。もちろん相手やタイミングは慎重に選びますが、自分のことをわかって欲しいと思う相手に対してそういう努力をするのってダメなの??という疑問をこの箇所を読んだ後に抱き考え込んでしまいました。

しかし留学生活を振り返ってみると、アメリカ人は著者が挙げたような考えを持つ傾向が強いんじゃないかと思いました。パーティーの場などでいろいろな人と会話しましたが、「まあいろいろあって大変だったけど今はハッピーよ、アハハ」という感じで明るく笑っている人が結構いたのが印象に残っています。それでこちらが「それって笑って流せる話か?」と固まってしまうようなことがあったりして…。その一方でカウンセリングを行うセラピスト(臨床心理士のような人)への需要が多いという現実があります。この現実をどう受け止めればいいのでしょうか?

留学中開講されていたセミナーで、自分の家の家系図をつくって分析することにより今の自分について考えるというものがあったのですが、各参加者の告白話の場では、子供の頃父親が自殺したとか他国から移民してきて苦労したとかいう重たい話が結構あって、そこだけよどんだ空気が漂っていました。過去を冷静に見極めるのは辛いけど、一緒にそのよどんだ空気を共有してくれる仲間がいたほうがいいのだろうな、と思いました。同時に、表も裏も全て受け止められる、そういう懐の広さのある自分を目指したい、と思いました。
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by coast_starlight | 2007-10-08 22:13 | 話のネタ

<話のネタ> 胃腸を鍛えるには

出張先でひょんなことからあるお医者様と夕食をご一緒することになり(仕事とは全く関係ない)、そこで旅先での下痢についての話になりました。海外に行くとおなかの調子が悪くなるのは、普段と違う食べ物と水を摂取することにより体内細菌の構成が変わるからなのだそうです。このスピードは意外と速く進み、ほんの数日でがらっと変わるのだそうです。そのためこの種の下痢は帰国するとすぐなおるのだそうですが。逆に長く住んでいると体がその体内細菌構成に慣れていって平気になるということもあるそうです。そこで気になって「あのぉ、胃腸って鍛えられるものなのですか?」と聞いてみました。先生の回答はざっと言うと以下の通りでした。

1.下痢をするのは、腸が体に悪いものを排出させようとしているからで、この流れに逆らって下痢を止めようとするのは良くない。過去にO157による食中毒で死亡者が出てしまったのは、医者が抗生物質を処方し体内細菌まで殺してしまい、また下痢止めを出して悪いものの排出を止めるという二つの要因によるものと考えられる。それよりも下痢によって同じく体外に排出されてしまう水分や電解質を補うほうが大事。冷たい水は胃腸を刺激するのでぬるめの水が良い。

(そんなわけで、今後海外に行くときは、ビオフェルミンと粉末のポカリスエットでも持っていこうかと思います。)

2.よく下痢をする人とあまりしない人がいるのは、腸が敏感かどうかの違い。従ってよく下痢をする人のほうが、長期的にみて悪いものを溜め込まないから大きな病気をしないこともある。

3.日本人の場合腸が長くて本来はあまり肉食に向いていない。また腸が長い故に悪いものが長い間溜まってしまう。日本人が他の人種と比べて胃腸が相対的に弱いのはそのせいもある。「胃腸を鍛える」のは無理だが、日々野菜や穀物中心の食生活を心がけ、ヨーグルトを毎日食べ善玉菌を常に体に住まわせておくことが、胃腸の働きを良くすることにつながる。ちなみにここでいうヨーグルトは何でも良くて、それよりも毎日摂取することのほうが重要である。

Tボーンステーキを食べながらこんな会話するのもなぁ…と思いながらも、胃腸が弱いと悩んでいた自分にとっては、非常にためになりなおかつ元気の出る話を聞くことができました。先生、どうもありがとうございました。
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by coast_starlight | 2007-09-21 13:34 | 話のネタ

<話のネタ> どこに軸足を置くか

私のクラスメートに、大学卒業後某国に移り、その国の言葉を完璧にマスターしある程度の成功を収めた後ケネディスクールに来たというあるアメリカ人がいました。卒業後はアメリカ国内で希望する分野の仕事を探していたようですが、卒業式の時久しぶりに話したらまたその国にしばらく行くとのこと。詳しいことはわかりませんが、アメリカでの仕事探しがうまくいかなかったのではないかと察しました。アメリカで働いたことがないと言っていたので、そのことがマイナスに働いたのかもしれません。これを聞いて、私はとっても複雑な気分になりました。ちなみにこのような人は別段珍しくありません。日本人の知り合いにだってこういう人はいます。

私が日本でインターナショナルスクールの高校に通っていたとき、日本の大学に行くかアメリカの大学に行くかという決断を迫られていました。インターナショナルスクールに通っていれば、(当時だとICUや上智大学など一部の学校を除いて)日本の大学に行くよりはアメリカ(あるいは他の英語圏)の大学に行くほうが入学準備は楽です。小5~中1のアメリカ生活の後、中3の秋にアメリカに再び渡ることになった時点で日本の高校教育を受けることはないという見込みだったのでアメリカの学校での勉強しかしていなかったのですが、日本の学年でいう高2の夏に日本に帰ることになったものの日本の学校に自分が行きたいと思うような受け入れ先はなく、半ばやむなくインターナショナルスクールに入ったという事情がありました。しかし当時インターナショナルスクールを出ても日本の高卒資格とは認められないためそのままでは日本の大学は受験できないということも知っていました。でも正直なところは、こんな中途半端な時期に日本とアメリカを行ったり来たりしなければならなかったのは私のせいじゃないというふてくされた気持ちと、このことを自分の将来にマイナスに働かせたくないという意地という二つの気持ちに折り合いをつけつつ、実際問題として自分の行きたい学校(「自分の行ける学校」だけでないことがポイント…もちろんこれも満たす必要がありますが)への入学許可を得るという難しい作業を進めなければならないという、半ば降って湧いてきた運命に対する諦めの気持ちが私の頭の中を支配していたのだと思います。

結局私が日本の大学に行くことを選んだのは、将来日本に軸足を置くことの可能性を残しておきたかったというのが主な理由でした。18歳の時点で将来自分がどちらに軸足を置きたいと思うか、その判断がつかなかったのです。あとは、何だかんだ言って自分は日本人なので(なぜこの結論にたどり着いたかはこちらの記事を参照ください)、日本企業に入って日本社会に貢献したかったという考えもありました。もっとも、最近は必ずしもそういう考え方でもないですが。「もしあのときこうしていれば」という反実仮想を言っても仕方ないですが、学部の時点でアメリカの大学に進んでいれば日本に戻れなくなっていたかもしれません。戻りたくないと思っていればそれでいいのでしょうがそういう保障はどこにもないし、物理的に戻るこは当然いつでも可能ですが、自分の希望する仕事に就けない可能性は大きいですし、年をとればとるほど自分に合った職探しという点で戻るのが難しくなります。

しかし、問題は職探しといった生活面の話だけではありません。前述のクラスメートの場合は、大学に入るまで一度も実家を離れたことがなかった(つまり高校卒業までは安定した環境で過ごしてきた)そうなので私とは違って自分がアメリカ人であるという意識自体には自信を持っているのだと想像します。だから大学卒業後違う世界に自分から飛び込めたのかもしれません。そうでないと大人になってから精神のよりどころとしての自分の民族性・国籍に疑問を抱き、ひいては自分とは何者かというアイデンティティーに苦しむリスクに晒される可能性が高くなるというのは、自分および似たような環境を過ごしてきた人を見て痛切に感じました。何だかんだ言って大人になるまで同じ国・教育システムで過ごしてきた人はそのこと自体がアドバンテージではないかと思います。もちろん子供時代に異文化を経験できること自体貴重な経験かもしれませんが、上記の点においてかなりリスクが伴います。そうは言っても、前述のクラスメートに対しては、知り合いもいない国に一人飛び込んでいろいろなことをやってきた、そのリスクをとったことに対して私は尊敬しています。逆に私は20代の頃そのリスクがとれませんでした。

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ところで、先日の卒業式でもリスクをとって行動することの重要性を学長が説いていました。果たして、私はリスクをとって生きてきたのでしょうか?自己評価ではかなり手堅く生きてきてあまりリスクをとっていないような気がします。2年近くの間、働く代わりに留学生活を送っていたこと自体リスクを伴う行動ともいえますが、自分が一度「こうしたい」と思ったら止められない自分の性格をわかっているので、私にとっては留学しないことのほうがリスキーな行動だっただろうと思います。一番怖いのは、リスクを伴うことをしているという認識のないままリスクを伴う行動をとることです。何が自分にとって(ここが重要…世間や周りの人のモノサシではなく、自分のモノサシで見て、です)リスクを伴う行動で何がそうでないのか、それを見極める検討作業はこれからも当分続きそうです。その検討作業における評価基準の中で重要なのは結局自分がどこに将来の軸足を置くべきかということになるのですが、まだ答えが出ていないようです。
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by coast_starlight | 2007-06-23 11:21 | 話のネタ

<話のネタ> リーダーシップを発揮する人々

ケネディスクールで学生をしながら、あらゆる分野で活動しリーダーシップを発揮する人はたくさんいます。例えばKSG Citizen 誌(校内新聞)には、ハーバード大学の学長に対し、ジェノサイドに加担したと思われる地域(ここでは特にスーダン)へ企業が投資活動を控えるよう働きかける団体を立ち上げることを提案する活動を展開中の学生の話が載っていました。またこれに対して「投資活動を控えさせることで済む話じゃない。それによってスーダンの人々がさらなる貧困状態に陥るほうが問題だ」と言って反対活動を行う学生もいます。3月中旬には、インドのあるNGO活動家がケネディスクールを訪問していたことと併せて、その活動家に感銘を受けた韓国人学生がチャリティーバーベキューを企画していました。土曜日の昼に行われたこのイベントで集められた募金は1600ドルくらいなのでものすごく多いわけではないのですが、数時間のイベントとしては決して少ない額ではないですし、インドで活動するNGOへの資金援助としてはかなりインパクトのある額だと思います。

もっと身近な例だと、春休み期間中にケネディスクールの日本人学生と韓国人学生の有志が、日韓両国に関心のある学生を対象に日韓訪問ツアーを企画していました。この企画に携わっていた人たちは昨年の段階から日程決めや各種手配にかなりの時間と労力を費やしていたようです。特に旅行直前は中間テストなどで授業も忙しい中皆大変だったようです。私は「卒業まで帰国しない」と決めていたため旅行には参加しなかったのですが、参加者に配布する事前学習資料の作成を少し手伝いました。でも今から思えばそう決めた理由は極めて個人的なものなので、「日本の姿を知ってもらいたい」という利他的な気持ちが他の企画に携わっていた人たちよりも単に少なかっただけじゃん、と思うと後悔の念がないわけでもありません。特に韓国で「ピ」の事務所訪問という日程が入っていたと知っていたならば…。

私がこの学生生活で何かイニシアチブをとって行ったことってあるかなぁ…と振り返ってみたのですが、大してないことに気づき少し愕然としています。強いて言えば、1年目の秋学期に行った寿司に関するプレゼンテーションかもしれません。「SUSHI」はもう英単語の一つとなっていますが、レストランやスーパーにある寿司ってかなりアメリカ風にアレンジされていて、これが寿司と思われていたとしたら私としては遺憾…と思い寿司についてMPAコースの学生を対象に20分くらい話をしました。結果はまあ好評だったと思います。

何かに対してイニシアチブをとるために必要なのは、結局のところ「強い思い」だと思います。とすると、当時私は寿司に対して強い思いを持っていたのか、という質問が出るかもしれませんが、そこはあまりつっこまないでください。
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by coast_starlight | 2007-06-18 22:48 | 話のネタ

<話のネタ> Gmailデビュー

今まで使っていた学校のメールアドレスが卒業後は使えるものの自動転送扱いになるためどこかメールアドレスを登録しなければならなくなり、今まで持っているアドレスでもいいのですが使い分けしたいため、グーグルのメールサービスであるGmailにアカウントをとることにしました。クラスメートのかなり多くがGmailを使っているのですが、私は今までヤフーのものを使ってきました。変えても良かったのですが99年から持っているアカウントだし何だか面倒でそのままズルズルと現在に至ったというのが実際のところです。そんなわけで遅ればせながらGmailデビューを果たした私ですが、今更ながら「これはすごい…。」と心の中で静かに絶叫しています。何がどうすごいかというのは説明しにくいのですが、同じタイトルのメールのやりとりをまとめて見ることができたり、メールアドレスを打ち込む手間がかなり省かれている点、他のメールアドレスからあたかも送ったようにできる点など、使い勝手を相当研究していることが感じ取れます。確かに生産性という点では他のメールサービスよりすごいかも、と思いました。ただ絶えず自動的にメールをチェックするので、それなりにPCに負荷がかかりますが。

一つ複雑な気分になるのが、画面右側に出てくる広告。メールのタイトルや文面に合ったものが基本的に出てくるのですが、ときどき恐ろしいほど図星な広告が出てきたりして、「誰かがこのメール見ているのか」と思うくらい。誰か頭のいい人が考えたアルゴリズムによってそれは実現されているとはいえ、「何かなぁー」という気分になるときがあるのは事実。ヤフーはそこまで露骨に広告出してこないので、今までヤフーメールを使っていたのはそのためかな、と思いました。

さて、私のGmail生活はいつまで続くのでしょうか…。
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by coast_starlight | 2007-06-14 10:05 | 話のネタ