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<日々の出来事> 中間選挙

a0079741_12542518.jpga0079741_1254569.jpg昨日(11月6日)はアメリカ合衆国中間選挙の日でした。この日、下院(日本の衆議院にあたる)全議席と上院(同参議院)の3分の1の議席、州によっては州知事選挙が行われました。アメリカでは大統領選挙が4年に一度、下院(任期2年)と上院(任期6年・2年毎に3分の1を改選)の選挙が2年に一度行われるのですが、今回は大統領選挙がない年なので、日本語では中間選挙と呼ばれます。英語では単に"Election 2006"と呼ばれるのですが…。与党の総裁が首相になる日本とは異なり、中間選挙で大統領の所属政党が過半数をとれないと、大統領の所属政党と議会の多数派政党が異なるというねじれ現象が起きてしまいます。今回、民主党(Democrats)が共和党(Republicans)を破り上院・下院とも過半数の議席を獲得したので、このねじれ現象が現実のものとなってしまいました。そうなると大統領としては非常にやりにくくなるわけで、つい先ほどニュースをチェックしたところによると、今回の選挙での敗北を受けて下院の議長にブッシュ大統領の「天敵」と評されるナンシー・ペロシ氏(女性初)の就任が確実視されたり、ラムズフェルド国防長官が更迭されるなど早速変化があらわれ始めているようです。

ところでケネディスクールではこの日夜7時から学校内で中間選挙に関するフォーラムが行われました。フォーラムとは、各界の著名人を呼んでの講演会やケネディの教授とのパネルディスカッションなどが行われる場です。最近だと元HPのカーリー・フィオリーナ元会長やリベリアのエレン・ジョンソン=サーリーフ大統領(ケネディスクールの卒業生でアフリカでの女性初大統領)がケネディスクールに来られ講演されました。昨日のフォーラムでは、ケネディスクールの教授陣(中にはテレビで政治評論家として有名な先生もいる)が今回の中間選挙に関して約1時間解説した後、参加者はビールやおつまみを片手に大画面に映し出される選挙結果を見守るという会でした。

火曜日の朝、統計学の授業で先生(ベネズエラ人)が「今日のフォーラムは、特にアメリカ人でない人はせっかくケネディスクールにいるのだから是非行くことを勧める」とおっしゃっていたので私もその雰囲気を味わいに行こうと思っていました。あいにく別の用事があったため8時頃行ってみたのですが、まさにお祭り騒ぎでした。サンドイッチやアイスクリームも振舞われ、装飾もまるでパーティー会場。画面に映し出される当確の報道に一喜一憂する歓声が沸き起こる様子に「あぁ、ケネディスクールにいるんだなぁ」と今更ながらに思いました。ちなみに、ケネディスクールには民主党支持者が多いです。ケネディスクールの正式名称は何といっても "John F. Kennedy School of Government" ですから…。それにしても、政治にここまで熱狂する人たちを大勢間近に見たのは私も初めてでした。その場にいたクラスメートが言うには、アメリカ人全てが政治に対する熱意がある訳ではなく投票率もおそらく50%台だということですが、いずれにせよ貴重な体験ができたと思います。
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by coast_starlight | 2006-11-09 12:58 | 日々の出来事

<私のはなし> 敬語orタメ語?

こちらに住んでいても(こちらに住んでいるからこそ?)多くの日本人に出会います。そこでいつも悩むのが、「この人には敬語を使うべきか、あるいはタメ口をきいても良いものか?」ということです。働いていれば、社内の同期入社あるいは後輩以外はすべて敬語になると思います。場合によっては同期入社や後輩にあたる人でも所属部署の接点が遠いとかいう理由で敬語を使うかもしれません。当然、社外の人相手だと年上・年下関係なく敬語を使います。仕事以外の趣味のサークルなどで知り合う人の場合は、年齢がわからなければ敬語、会話内容(大学卒業年や勤務年数など)から年齢が近いあるいは年下とわかればある程度親しくなった段階でタメ口をきくことになるかと思います。東京にいた頃通っていた韓国語クラスのクラスメートを思い出してみてもそうでした。ちなみに、メールはほとんどの場合相手を問わず基本的に「です・ます調」で書きます。

ここにいると…学校は職場とは違うので、誰に対しても敬語を使う必要はないかな、と私は思っています。私は他の(2年コースの)日本人同級生と比べて比較的年上だということもあり、単純に年齢でいうとタメ口をきいてよいと思っているのですが、ミッドキャリアの同級生(おそらくほとんどの人が私より3歳は年上…でも年下の人もいる)に対しては敬語で話します。問題は、ケネディスクール外の人に対してです。上記の「会社方式」でいくべきか、あるいは「趣味のサークル方式」でいくべきか、かなり迷います。成り行きに任せればいいじゃん、と頭では思っているものの、人の言動や行動を後になって「ああでもない、こうでもない」と反芻動物のように分析する癖がある私は、ボストン周辺の日本人対象のイベントから帰った後など「あの時のあの人のリアクションを考えると、やっぱり敬語を使い続けたほうがいいのかなぁ…私は親しくなれたと思いたいのだけど、それって私の勝手な思い込み??」とか一人で悩んで不眠症になったりします。京都弁でいうところの「気にしぃ」なのです。最近は、いい意味で学校の授業が大変で、授業での演習問題や課題を考えている間は忘れていられるのですが、少しでも頭のメモリに隙間ができてしまうとまた考え始めてしまうことがあります。本当に反芻動物なのです。あぁ、(いい意味で)忘却力が欲しい…と思うことが時々あります。

そう考えると、敬語とタメ語の区別のない英語って楽だなーと思います。もちろん丁寧表現はありますが、これはあくまで丁寧表現であって基本的に年上・年下は関係ありません。何てったって、教授をファーストネームで呼ぶ人もいるくらいですから…。このことについてはまた後日改めて書きたいと思います。

今日はこれから晩ゴハンを食べて明日のリーディングをしなければ…。
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by coast_starlight | 2006-11-09 09:51 | 私のはなし

<日々の出来事> ハーバード演習林に行く

a0079741_1129102.jpgこの週末は、ケネディスクールの環境分野専攻者グループ行事の一環で(希望者は誰でも参加できる)、マサチューセッツ州の中央部にあるPetershamという町に行ってきました。ここにはハーバードが所有・管理する演習林があります。まず博物館を見学した後、この演習林の中を、住み込みで研究している研究者の方の案内により一時間半くらいかけて歩いてきました。車を持たない+なかなかこういうところに行く機会がないのとで、非常に新鮮な経験をすることができました。林の中を歩くことは滅多にないので、良い気分転換にもなりました。



a0079741_11282478.jpg案内してくださった方の説明によると、ここの演習林に生えている木(主に樫の木と栂の木)は、1ヘクタールあたり年間2.5トンの炭素を吸収しているのだそうです。それが多いのか少ないのかはよくわかりませんが、どうやら多いようで、京都議定書を離脱したアメリカの二酸化炭素量削減に役立っているとかおっしゃっていました。そういえば今日からナイロビでCOP・MOP2会議が始まりましたね。




a0079741_1132587.jpga0079741_11312515.jpg写真の見晴台(写真をクリックし、拡大してご覧下さい)は、二酸化炭素濃度を測定するためにつくられたものです。記念にということで普段は立ち入り禁止になっているところを特別に登らせてもらったのですが…これがかなり怖い!一応手すりらしきものはあるものの、真下を見れば視界を遮るものは何もないし、頂上では動くと床が揺れます。一瞬自分は高所恐怖症かも、と思いました。お昼はPetershamに唯一存在するお店の場所を教えてもらい、そこでサンドイッチを食べました。ここは食料品・日用雑貨が売っているだけでなく、喫茶・軽食レストランおよびおもちゃ屋と土産物屋を兼ねているというところでした。そこで見つけたスティックホースというおもちゃがどうも気になってしまいました。どうやって遊ぶのかと尋ねたところ、子供がこれを股にはさんで馬に乗っているつもりになって遊ぶのだそうです。私もやってみましたが…写真は恥ずかしいので載せません。

a0079741_11385721.jpga0079741_11324616.jpgその後マサチューセッツ州の水がめであるWinsor Reservoirという貯水池に行ってきました。時期が時期だけに紅葉もほとんど終わっていましたが、それでも割とキレイでした。以前何かで読んだことがあるのですが水を前にすると人は大胆な気持ちになれるのだそうです。従って告白やプロポーズの際には(男が女に対して行うという前提に立つと)、海や湖など水のある場所で彼女に水を背に立ってもらい、自分が彼女と向かい合い(水を見るポジションになり)話をするのが良いのだそうです。そんな訳で(どんな訳で?)参加者はこの光景を前に皆興奮していましたが、日本にも似たような風景あるしなー、と思ったのか私の興奮度はそれほどでもなかったかも…。でもアメリカでこの風景が見られるというのは素直に「すごい」と思いました。

貯水池を後にしケンブリッジに戻ったのは夜6時半頃でした。車を持たない各メンバーは、レンタカーのある今日がチャンスとばかりにその後スーパーに行き買い物をしてから家路に着きました。私が乗っていた車のメンバーは、サマービルにあるMarket Basketという激安スーパーに行きたいという人が多かったのですが、私一人だけ「リライアブルマーケットで降ろして欲しい」と頼み後で他のメンバーと合流しました。何を買ったかって…それはもちろん、ビビンバセット!昨日は2個買いました。1個で3回分のナムルが入っているので、6回は食べられる…もう1回分は食べてしまいましたけど。
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by coast_starlight | 2006-11-06 11:42 | 日々の出来事

<話のネタ> 故・ナンシー関さんを想う

前述のハーバード松下村塾(ボーゲル塾)で格差問題担当となり、次回ミーティングでプレゼンをすることになりました。その準備のため関連する本をあれこれ読み始めたのですが…つかみどころがなくて問題設定がなかなか難しい。

私が個人的に興味があるのはニート・フリーター・ひきこもり問題なので、これらに関する本をまずは新書から読み始めました。その途中で私の頭にふと浮かんだのは故・ナンシー関さんの存在でした。消しゴム版画家として週刊朝日・週刊文春・クレアなどの雑誌に連載ページを持ち、また有名人に忌憚ない辛辣なコメントを浴びせることで有名だった彼女のことを覚えているでしょうか??(ナンシー関さんについては、こちらの動画をご覧下さい)

青森県出身のナンシー関さんは大学受験のため上京後、法政大学第二文学部に入学するのですが、彼女のホームページによるとあまり学校には通わずフリーター生活だったようです。その過程で消しゴム版画という独自の分野を確立し、有名人を消しゴム版画で彫ってそれにコメントをつけるというスタイルで雑誌に連載ページを持つようになり、彼女が有名になってからは自分の消しゴム版画を彫ってもらいたいという有名人が後を絶たなかったそうです。しかし彼女は2002年6月12日、虚血性心不全のため39歳の若さで帰らぬ人となりました。この日のショックは今でも覚えています。彼女の早すぎる死は大きな社会的損失だったと思います。テレビの世界に喝を入れる存在がなくなり、その後のテレビがつまらなくなったといったらそれはもう…。

ところでなぜニート・フリーター問題を考える途中でナンシー関さんのことが思い浮かんだのか?彼女が消しゴム版画家になった経緯にヒントがあります。彼女のホームページによると、

『一年間の予備校生活を経て、法政大学第二文学部日本文学科に入学。学校へはあまり行かず、1ヵ月ほどバイトをしては2ヶ月間暇をむさぼるというローテーションで自堕落な生活を満喫。二十歳を迎え、世はまさに80年代初頭のコピーライターブーム。友人に教えられて「広告学校」というコピー学校に通う。しかし、通ったからといってどうなるというような学校ではなく、3ヶ月ほどの受講期間が終わるとまた元の生活に戻る。そのうち暇のむさぼりかたにもバリエーションが見られるようになり、数々の暇つぶしのひとつとして消しゴムではんこを作ってみる。(中略)それがえのきどいちろう氏の目に触れ、当時氏の所属していた編集プロダクション「シュワッチ」に誘われプロの消しゴム版画家となる。しかし、当時22歳の(学校には行ってないながらも)学生、その上消しゴムを彫ることが生業になるなどとは誰も考えなかったため、みんなふざけ半分であった。本人もアルバイトぐらいにしか思っていなかったが。』
ナンシー関FACTORY・ボン研究所HPより)

とあります。私がこれを読んだとき「もし彼女の才能が誰にも見出されなかったら、日本にいるその他大勢のフリーター、ひょっとしたらニートで終わっていた可能性が高いのでは?」と思いました。えのきどいちろう氏に才能を見出され消しゴム版画家としてデビューした後、次第にプロフェッショナルとしての誇りを持ち、その地位を築き上げていったのだと思います。自宅にはテレビ4台・ビデオ6台があり、ほぼ全ての番組をチェックしていたそうです。テレビ放映には休みはありませんから、毎日続けようとすると相当な努力が必要だったと想像します。必ずしも有名人である必要はないと思いますが、自分にある可能性を肯定し、励まし、機会を与えてくれる人の存在がその人の人生をいかに変貌させるかということを感じました。私も幸いそのような人が何人かいたから、とりあえず今のところ何とかやってこられたのだと思います。このような人との出会いの有無が格差を生むのではないかなーという気が何となくします。また同様に大事なのが、自分にある可能性を否定し、失望させ、機会を与えない人と出会わないことかもしれません。そういう人が自分の身近にいればいるほど、余計に乗り越えなければならない壁が存在し、そこで神経をすり減らすうちに本来自分にある可能性を伸ばせたはずの時間と労力を浪費してしまうかもしれません。そうなってしまっては元も子もありません。考えようによってはそれも一種の経験かもしれませんが、そうは言っても限度があります。

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もし今彼女が生きていたら、どんな批評をしていたのでしょう…。彼女の死から4年経った現在、テレビを取巻く環境は大きな変貌を遂げました。私が直感的に思うのは、以前ほどテレビを観る人がいなくなっているのではないだろうかということ。ブロードバンド環境の整備が進みテレビを観る代わりにインターネットで動画を見たりする人が増えてしまうと、テレビだけをチェックしてコメントしていてもあまり社会の共感を得られなくなってしまうのではないかと思います。聡明なナンシーさんのことですから、また別の方法を編み出していたことでしょう。でも、まさかYouTubeにある動画をつぶさにチェックするわけにもいかないだろうし…。

あと、ニート・ひきこもりとの絡みで、私が大学生の時に週刊モーニングに連載されていた「薫の秘話」(松田洋子著)という超マイナーなマンガを思い出してしまいました。このマンガについては、ツボにはまるとものすごく面白いのですが(ギャグを理解するのがある意味ちょっと難しい)、あまり書きたくないなぁ…。興味ある人はネットで調べてみるかマンガ喫茶に行ってみてください。
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by coast_starlight | 2006-11-04 08:20 | 話のネタ

<授業のはなし> リーディングとは何か

a0079741_14221995.jpgこちらの授業で大変なのは、リーディングの量が非常に多いことです。どういうわけか感覚的に「読む」というより「リーディングをする」といったほうがしっくりきます。英語でも"Oh, I have to do the reading."と言ったりします。たぶんただ読めばいいというものではなく、書かれている内容や論点を踏まえた上で授業がどう展開するかを考えながら能動的に読む必要があるからだと思います。

ちなみに写真は先週終わった国際関係入門の授業で指定されたリーディング教材です。左の本は国際関係論入門の教科書、右の本はナイ教授の著書です。The Globalization of World Politicsは一部の章だけが指定されていましたが、それ以外の章も盛りだくさんで非常に面白いです。Understanding International Conflictsは全部読みました。それに加えてバインダーに入っている教材(course materials)の量が膨大で、厚さにして5センチくらいあります。わずか1ヵ月半・7回の授業なのにこれだけ読まなければならないのかと思うと本当に泣きそうでした。毎回授業前に全部読めていたかというと必ずしもそうではなかったのですが、今日提出の課題を書くのに結局大事な部分は読まなければならず、最終的には8割は読んだと思います。他の授業のリーディング教材もこれほど多くはないものの基本的には似たようなもので、そうすると毎日どれだけのリーディング量があるかが自ずと想像がつくかと思います。

ちなみにこのcourse materialsとは何かというと、論文や雑誌記事・教科書の章などをコピーしたものです。著作権料を部分的に支払って合法的にコピーしたもので、学校で売っています。モノによっては結構高くて(特にハーバードビジネススクールのケース教材!!)一つの授業で数万円かかったりするので、図書館で借りて済ませる人もいます。ただ図書館で借りると3時間くらいで返さなければならないので、面倒臭がりの私は基本的に全部買っています。最近読むペースが割と速くなってきたなと実感しています。昨年の今頃よりは確実に進歩しています。苦しみながらも続けていると段々慣れてくるようです。バックグラウンドのない分野のものでもそこそこのペースで読めるようになってきました。もっとも、問題は読んだ内容をどこまで覚えているかであって、そこはまだかなり改善の余地があるのですが…。

ナイ先生の著書には、"The cure to misunderstanding history is to read more, not less." 「歴史の誤解から逃れたければ、歴史を多く読むしかない。少しではだめである。」(Understanding International Conflicts, p.19;訳は日本語版の同箇所を参照)と書かれています。経済学・統計学などの計算問題中心の科目やスピーチなど実技系の科目を除くほとんどの科目では、とにかくたくさん読んでそれらを消化して既存の考え方の流儀(school of thought)を知り、それらを踏まえた上で自分の独自の論を展開するという作業の繰り返しです。それを比較的短期間に行うことを繰り返すことにより、新たな考え方を学ぶのと同時に自分の生産性が上がっていくのかな、と思いながら日々勉強しています。でも今日は疲れたのでもう寝ます。それではオヤスミナサイ。
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by coast_starlight | 2006-11-02 14:29 | 授業のはなし

<日々の出来事> ハローウィンにセーラムに行く

a0079741_159496.jpg授業が終わってから宿題をやるためにまっすぐ家に帰ろうと思っていたら、後ろの席に座っていた同級生が何とこれからセーラムに行くというではありませんか!魔女裁判が行われたことで有名な街セーラムにハローウィンに行けるなんてまたとないチャンス!と思い宿題のことはとりあえず置いておいて一緒にセーラムに連れて行ってもらうことにしました。セーラムはボストンから北に車で30分くらい行ったところにあります。今でこそボストンのベッドタウンと化していますが、昔はアメリカの玄関口として貿易で栄えていました。アジア各国との貿易もさかんだったようで、セーラムにあるピーボディエセックス博物館(Peabody Essex Museum)には当時の貿易品(陶磁器など)の数々が展示されています。ちなみにここの博物館には中国内陸部から解体して持ってきたという共同住居(蔭餘堂…インユータンと読む)の展示があり超オススメです。

今日はここセーラムにある魔女博物館および魔女牢獄博物館に行ってきました。魔女狩りというと中世ヨーロッパで行われていたものというイメージが強いかもしれませんが、ここアメリカでも魔女狩りは行われていたのです。1692年、200人近い村人が魔女として告発され、(そもそも魔女なんて存在しないので)ほとんど言いがかりで魔女にされた人たちが投獄・処刑されました。これらの博物館では当時の魔女裁判の様子や投獄されていた牢屋が再現されていました。牢獄博物館はお化け屋敷のようでちょっと怖かったです。

外ではハローウィンにちなんで仮装(というかコスプレかも)した人たちがメインストリートを練り歩いていました。アメリカにいていつも思うのが、こういうイベントになると大人も本気になるということです。仮装が子供だけのものだと思ったらとんでもない。

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そんなわけで、帰宅後例の宿題に取り掛かったわけですが、やっぱり難しい…。セーラムに行ったことは後悔していませんが(いや、本当に行って良かった。連れて行ってくれてありがとう!←同級生へ)そのツケは確実に回ってきました。そこは、気分転換したことによる相乗効果があったからいいと自分を正当化しちゃったりして…。
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by coast_starlight | 2006-11-01 15:13 | 日々の出来事