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<旅行> セルビア共和国/ベオグラードで飲んだくれる

到着時(1月20日)に書いたものをアップロードします。

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…というわけで、やってきましたベオグラード!パリからJATユーゴスラビア航空に乗ること約2時間。ベオグラードのニコラ・テスラ国際空港に降り立った私は、同級生がくれた実家のアドレスをたよりにベオグラードまで来てしまいました。機内には、昨年がテスラ生誕150周年ということで彼の功績をたたえる雑誌が置かれていたのが興味深かったです。テスラの法則を発見したニコラ・テスラはセルビア人です。昨年ベオグラード国際空港の名前がニコラ・テスラ国際空港に変わったし、お札にも肖像画が載っているし、テスラはセルビア人の誇りのようです。

「タクシーに乗る際、アドレスを見せれば運転手は場所がわかるはず。市内中心部で割と大きい家だよ。君が到着する頃僕のお母さんが家で待っているから。」

私の同級生のお母さんが一人で住んでいるというその住所に行ってみるとどうやらアパートらしい。でも何階かがよくわからなくてアパート内の階段を行ったり来たりしていると、どこかの家の犬がにおいをかぎつけてワンワン吠え出すので家の人が不審に思ってドアを開けました。その時持っている紙を見せ「この家はどこですか?」と聞いてやっと到着することができました。

a0079741_3244493.jpgそれはそうと、ベオグラードにいる間はいたいだけいてもいいとは言われたものの、ここでいう「いる」ってどういうこと?単に場所が与えられ「あとはどうぞご自由に」ということなのか、食事なども面倒を見てもらえるのか…?聞くに聞けないので成り行きに任せるしかない!聞いたところによると東欧の人は一般的にホスピタリティーあふれる人が多いらしいということで少し期待して行ったのですが、その期待はまあ当たっていたと思います。おばさんは何と私がずっと食べたいと思っていた「伝統的セルビア料理」をつくって待ってくれていたのです!食べたのはサルマという料理で、ロールキャベツに近いと思います。チョコレートケーキも出して下さいました。



ところでセルビア共和国に滞在する外国人は、到着12時間以内に警察署に行き登録をしなければなりません。また出国の際も再び警察署に出向かなければなりません。これは滞在者というよりも受け入れる人の義務なのですが、結構面倒。でもこればかりはどうしようもない。警察署は家の近くにあったので良かったもののおばさんに手を煩わせてしまいました。

a0079741_3262793.jpg同級生のお母さんはこれまた面白い人で、昼から酒を勧められ一緒に飲みながら話していました。居間にはウォッカやジン・ウイスキー・ブランデーなどスピリッツのたぐいがあれこれ置いてあるのにはビックリしました。同級生本人はお酒があまり飲めないのは対照的。おばさんの英語はまあまあだけど意思疎通は一応可能といった感じで、私の知らないいろいろな話をしてくれました。私のような平和ボケした日本人には想像がつかないことを淡々と語られていたのが印象的でした。夜は同級生の小さい頃からの親友という男性が私を案内してくれました。想像するにおばさんから見てもう一人の息子のような感じで、おばさんから頼まれたら断れないといった感じなのか…?彼にとって私が初めて会う日本人だそうで、いろいろな意味で興味津々だったと思います。私一人では行けない観光地やバーなどに案内してもらい、また酒を飲んでいろいろ話をしていました。

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今私がいる部屋には私の同級生の写真が多く飾ってあります。ケネディスクールに来る前はベオグラードでアメリカ関係の仕事をしていたからか、アメリカ大使と面談したときの写真やアメリカ大使館からの感謝状などがありました。他にもおばさんが「これが…英語で何ていうんだっけ…ガールフレンドの写真。」と言って、彼女の写真とある広告を見せてくれました。どうやら、彼女は広告のモデルをやっているらしい。確かに美人だし、それだけでなくて何か意志の強そうな目をしているというか、彼の性格からして好みが理解できるような気がする…。それはそうと、そういう相手がいたとは聞いたことないぞ!まあどうでもいいと言えばどうでもいいのだけど、男性の心理ってそういうものなのか!?

この部屋には大きな机があるのでパソコンを打つのに便利だわ、と思いつい先ほどまでいろいろ作業をしていたのですが、周りに並んでいる本などを見回して思いました。ちょっと待てよ、これって彼の部屋じゃない??貼ってあるポスターはどう考えてもお母さんの趣味じゃないものだし、ハーバードビジネススクール出版の本とか英語の本も結構ある。

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そんなわけで、私は複雑な気分で彼の部屋の机の前に座りこれを書いていました。
(つづく)
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by coast_starlight | 2007-01-29 03:29 | 旅行

<旅行> セルビア共和国/ベオグラード

今私はベオグラードに来ています。同級生のお母さんが一人で住むアパートに居候させてもらっています。どういう経緯で私がここに来ることになったかはまた書きますが、東欧人のホスピタリティーのすごさを日々の出来事で感じさせられます。ここのおばさんとセルビアの料理とお酒をごちそうになりながらいろいろなことを教えてもらっています。

この家のパソコンでは日本語が直接打てないため、以前教えて頂いたAJAXIMEというものを使って日本語を打っています。このシステム、初めて使ってみましたが便利ですね。反応がちょっと遅いのが難点ですが(従ってたくさん書けない)。

ここで経験していることは、ネタになることばかりです。しかしここ2、3週間ほどあれこれ頭の中が混乱状態にあって考えをまとめるのに時間がかかっており、あまり記事が書けないでいます。そういう意味ではちょっとブログ書きのスランプ状態かもしれません。ベオグラードに来て、さらに混乱の度合いが増しているかもしれません。99年にNATOの空爆を受けたこの街には、まだその残骸のようなところが残っています。平和ボケしていた私の頭は、ここ最近殴られっぱなしです。

今週末ボストンに戻るのでその後詳しく書きたいと思いますが、取り急ぎ近況まで。
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by coast_starlight | 2007-01-23 02:19 | 旅行

<日々の出来事> 同級生のお母さんにメールを書く

ズドラボ(セルビア語で「こんにちは」という意味)。まず、ベオグラード滞在の際に宿泊先を提供して頂けることになり大変感謝しております。以前ご連絡したとおり、来週末ベオグラードに到着する予定です。今回、私の簡単な自己紹介と旧ユーゴスラビアを旅行することにした理由についてご説明したく、メールを書くことにしました。

私についてどれだけお聞きになっているかわかりませんが、私はケネディスクールで学んでいる日本人です。ここに来る前は東京で鉄道関係のエンジニアとして働いていました。

今回私が旧ユーゴスラビアを旅行することにしたのにはいくつかの理由があります。私の父が旧ユーゴスラビア(主にスコピエ)で70年代の最初に働いていたことがあり、そこでの経験について子供の頃よく話してくれました。そのため私の中で最初に聞く外国がユーゴスラビアでした。また、アメリカで高校に行っていた頃ユーゴスラビアから交換留学に来ていた女の子がいました。彼女は90年の夏に帰国したのですが、それ以降新聞記事を読む度に彼女のことが気がかりだったのを覚えています。

多くの人はヨーロッパというと英国やフランス・ドイツといった国を思い浮かべると思います。しかしこれらの「メインストリーム」な国以外の国にも行かないと本当にヨーロッパの文化がわからないと私は思います。2000年にポーランドを旅行したことがありますが、これが今まで唯一の東欧の旅行です。というわけで今回冬休みを利用して旧ユーゴスラビアを旅行しいろいろと勉強することにしました。最近旧ユーゴスラビアについて、特に歴史と文化についてたくさんの本を読みました。私の国とはあらゆる面でだいぶ違うようですし、読んだ内容の一部はかなり心が痛むものもありました。

繰り返しになりますが、ご好意大変感謝いたします。それでは来週お会いできるのを楽しみにしています。
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by coast_starlight | 2007-01-15 05:18 | 日々の出来事

<授業のはなし> 統計学試験勉強中に言語能力について考える

秋学期の授業は12月中旬で終わり、その後テスト期間に入りました。テスト期間といっても学校で行われる筆記試験は経済学や統計学といった一部の科目にとどまり、ほとんどの科目では持ち帰り試験(take-home exam)です。日本風に言うと期末レポートといったところでしょうか。授業期間中に全てが終わってしまう科目もあります。私の場合今学期は筆記試験が1つ、持ち帰り試験が2つです。今もその持ち帰り試験の一つが残っていて、金曜日までに提出しなければならないため鋭意取り組み中です。(少し前の話になりますが)統計学の筆記試験が12月15日にあったのですが、試験勉強をしながらあれこれ考え事をしてしまいました。

この統計学の試験の特徴は、計算そのものよりも書かせる問題が多いということです。計算・解析結果をもとにし「頭は良いが統計学の専門知識のないボス(政策担当者)に対する提言を書きなさい」といった感じで、専門用語を使わず文章で説明させる言語化能力が問われる問題が必ず出ます。専門的な話を専門用語を使わないで説明するということは、本質をわかってないとできないことなのでかえって難しいような気がします。数式の説明に逃げることができないというのはある意味大変です。それに加えて英語で書かなければいけないということもあります。ただ英語のほうが言語の構成上スッキリと書きやすいこともあり、場合によっては日本語よりも実は楽かもしれないと思うこともあります。

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ところで留学して英語漬けの生活をしていて痛切に感じるのは、いかに日本語と英語の相性が悪いかということです。文字・文法・言い回し…何から何まで見事なまでに違うと思います。学校には英語が母国語でない学生は多くいますが、母国語がフランス語・スペイン語など英語と同じロマンス語系統の人は日本人と比べてそれだけで大きなアドバンテージです。ドイツ語などのゲルマン語も近いかもしれません。これらの言語を母国語とする人たちは、割と英語もうまいような気がします。一方日本語はトルコ語やウイグル語と同じアルタイ語族であるという説もあるものの語源はわかっておらず、世界のあらゆる言語の中でも非常に特殊な言語であるようです。単純に見て、表音文字(ひらがな・カタカナ)と表意文字(漢字)の両方を使い分けるほぼ唯一の言語である点からしても特殊だと思います。韓国語にも漢字はありますが、日常生活ではあまり使わないようです。

環境の面でいうと、例えばケネディスクールには発展途上国からの学生も多いのですが、彼ら(本国ではエリート層)は多くの場合海外で高等教育を受けていたり、本国で大学に通っていたとしても現地語では高等教育が受けられない(教材などのリソースがない)ため比較的小さい頃から英語やフランス語で教育を受けている場合が多いようです。植民地化の歴史も影響していると思います。一方、日本の場合日本語で多くの専門書が手に入りますし、博士課程まで終わらせることだって可能です。日常生活で英語をあまり使う機会がないだけでなく高等教育を受けるにあたっても、外国語を勉強しなければならないプレッシャーはあまり強くないような気がします。

そんな訳で私がいつも悲しくなるのは、「義務教育で2000字近い漢字や四字熟語、慣用表現などを苦労して勉強したのに(しかも最後のほうは日本で教育を受けていないから自分で勉強したのに)、自分の国でしか使えないだけでなく多言語に応用がきかないなんて…」という日本語の汎用性のなさおよびエネルギー効率の悪さです。悲しくてもどうにもならないだけに、自分の気持ちに折り合いをつけるのがなおさら苦しくなります(少し大げさかも)。メリットといえば、辛うじて中国語で書いてあることが何となくわかるくらいでしょうか…。また、留学から帰って日本で働くようになれば日本人としてネイティブレベルの日本語を期待されるので(ある意味当たり前ですが)これらの使い方を少しでも間違えたら恥ずかしさ倍増です。ところで、以前両親から送られてきた郵便物の中に、安倍総理に対して「旗幟(キシ)を鮮明になさって」と言うべきところを「キショクを…」と間違えて言ってしまったある女性閣僚の話を書いた新聞記事が入っていました。記事だけが入っていたので何ともいえないのですが、推測するに「日本語もおろそかにするな」という親からのメッセージだったのだと思います。でも私は「知ったかぶりをするな」という意味だと拡大解釈し自分を精神的に追い詰めないようにしているつもりです(ウソ)。うろ覚えの表現は、使わなければいいだけのことです。たぶん女性閣僚がその状況で少し難しめ(?)の表現を使わなければならない必然性は、なかったと思います。

従ってもし日本人に生まれていなかったら、おそらくこんな難しくてなおかつ汎用性のない言語をわざわざ勉強しようとは思わなかったと思います。それほど日本語は難しいと思います。仮に私が将来日本人以外の男性と結婚、あるいは日本人と結婚しても海外で住むことにして子供ができたとしたら、「日本語は日常会話だけで十分」と割り切ってあまり難しい日本語はやらなくてもいいよ、と言うかもしれません。もっとも、彼/彼女が将来アイデンティティーの問題に直面して日本語を本気でやりたいと思う可能性もあるでしょうから、その時を考えて日常会話くらいは普通にできるようにさせると思います。ソポンも同じようなことを言っていたし(以前の記事を参照ください)、そのエネルギーを英語や他の汎用性の高い言語の習得に注いだほうがいいのではないか、と本気で思うようになりました。もっとも、日本人と結婚して日本に住めば普通にネイティブとして日本語を習得させると思いますが…。にもかかわらず日本語を勉強したいという人、また日本語を実際に勉強しているという人の多さには驚きます。日本語を外国語としてやりたい人の多くは、日本の文化や社会そのものに関心が高い人が多いと思います。

ケネディスクールの学生には3ヶ国語以上できる人も珍しくないですが、日本人学生には3ヶ国語以上できる人はほとんどいません。だって、英語だけで精一杯だもん…。と思いつつ悔しいから今月は「フランス語強化月間」一人キャンペーン実施中で、フランス語学習に励んでいます。フランス語は昔からやっているもののいくらやってもうまくならず自分でもイヤになってくるくらいなのですが、こちらに来てから昨年は秋・春学期とフランス語の授業を学部の校舎でとったりと少しやる気をだしてがんばっています。「ヨーロッパの仕事をするならやっぱり英語とフランス語でしょ」という単純な動機から始めたものの、仕事で使えるレベルになるにはまだまだ道のりは長いようです。語学そのものだけでなく全体的な言語能力の向上という別の目的もあるのですが、そちらのほうは少しは達成できているかな…?
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by coast_starlight | 2007-01-10 06:29 | 授業のはなし

<話のネタ> 暗証番号/パスワードいくつ覚えていますか?

昔と比べてインターネット上であれこれ用事を済ませられるようになったのは便利で良いことだとは思うものの、それも暗証番号/パスワードがきちんと管理できていれば、という前提の話。ネットショッピング・旅行予約・銀行・ポイントカード…それぞれに長ったらしい番号と暗証番号/パスワードがついて回るので、あまりたくさん使っているとどれがどれだかわからなくなってきます。だからといって暗証番号を同じにしておくのも危険だし、同じ暗証番号を長く使っていると「暗証番号を変更してください」というアラートが出たりしてこれまたうっとうしい。暗証番号って紙に書いて持って歩くわけにもいかないし(それじゃ暗証番号の意味がない)、結局は頭で覚えるしかない!昔観た映画「マルコムX」で、主人公が若い頃ギャングだったときに、ギャング仲間から「本当に大事なことは書いちゃダメだ。頭で覚えておくんだ。」とか何とか言われていたシーンがなぜか鮮明に焼きついており、そのせいもあって私は暗証番号のたぐいは一切紙に書いていません。

私が暗記しているのは、パスワードのほかに…
・主に使うクレジットカードの番号(2種類/カード番号・有効期限・カード裏の3桁のコード)
・日本で口座を持っている銀行の番号(3行/口座番号・暗証番号・パスワード)
・マイレージ/ポイントカードなどの会員番号(5種類くらい/会員番号とパスワード)
ちなみに、これらはほぼ全て違う暗証番号・パスワードです。こういう話を友人知人としたことがないのでなんともいえないのですが、普通どれくらい覚えているものなのでしょうか??

これだけ覚えておくと、用事を済ませるときにいちいちカードを財布や引き出しの中から探さなくて済むので大変便利ですよ。特に出先でそのありがたみを感じます。昔は人の家の住所や電話番号も覚えていたのですが、最近はあまり覚えていません。年賀状を3年くらい同じ相手に書き続けるとたいてい住所は覚えてしまうようです。加えて加入電話しかなかった頃は住所と関連して電話番号を覚えると結局のところは市外局番を含めた10桁のうち5~6桁だけを覚えればいいので、住所と一緒に覚えていました。でも今はメールアドレスと携帯番号が主流だから、自分の頭を使うよりもほかの機器に覚えさせることが多くなりました。でも高校生の時の友達の家の電話番号や、今まで住んでいた家での歴代電話番号は今でも覚えていると思います。

これらを覚えるコツは?強いて言えば、語呂合わせを使わないことかもしれません。語呂合わせを使うと余計な意味づけができてしまいます。そうではなくて全体のイメージで覚えるのです。例えばクレジットカード番号だったら、カード番号だけでなくカードの周りの模様や色合いも一緒に覚えてしまうのです。でも、ネットショッピングやホテル予約などで何度も同じ番号を打ち込んでいたら勝手に覚える、と言ったほうが正しいかもしれません。一桁一桁覚えるのではなくひとかたまりで覚えることになれると一桁でも違うと何か気持ちが悪くなるので、まとめて一気に覚えるようにしたほうがいいと思います。

その一方で、以前巣鴨信用金庫(だったと思う)が暗証番号の代わりに窓口で合言葉を言うことによってお金を引き出すというサービスを希望者に提供しているというのを読んだことがありますが、こうも覚えるものが増えていくとそういうサービスにも意味があるような気がします。
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by coast_starlight | 2007-01-10 06:15 | 話のネタ

<私のはなし> 忘れ物癖との付き合い方

自分の性格として認識しているのが、とにかく忘れ物が多いということです。普段の自分は、どうも注意力が散漫なようです。これは小さい頃からのことで、そうそう直るものでないようです。筆箱や教科書、体育館用シューズや習字道具など、学校に持っていくものは全て一通り忘れた経験があると思います。中学生の頃は、弁当を忘れて母親が持ってきてくれたことも二回くらいあったような気がします。(ここで少し自分をフォローしておくと、その分中間・期末テストなど一発勝負の場で注意力が必要なときは最大限の注意力をもって臨んできたつもりです。)でも今から思えば忘れ物は学校が家から近かった時のほうが多かったような気がします。家が近いと「最悪取りに帰ればいいや」という気の緩みが出てしまうのだと思います。そのせいか、片道2時間15分かかる高校に通っていた時期はあまり忘れ物をしなかったような気がします。

さてそんな自分ですが、旅行では今のところ忘れ物絡みで大きなトラブルに見舞われたことはありません。なぜかというと、自分の持っている注意力には限界があることを認識し、持参する荷物を「忘れたら困る度」で分類し、「絶対忘れてはいけないもの」に最大の注意を払うことにしているからです。例えば海外旅行だと、どう分類されるでしょうか?


1.絶対忘れてはいけないもの
・パスポート
・航空券(最近はEチケットが導入されている場合が多く非常に便利になりました)
・(出張の場合)業務に関する書類など
・お金/トラベラーズチェック
・クレジットカード
・携帯電話
・金目のもの(パソコン・デジカメなど)…これは自分の経済状況によってひょっとしたら2.に分類されるかもしれません。
・情報が絡むもの(パソコン・デジカメのメディアなど…情報の重要度にもよりますが、これらは一旦なくすと取替不可能です)
・人が絡むもの(誰かに渡す/誰からもらったオミヤゲなど)

上記の中でも、パスポートが別格になるでしょう。これがないと大使館/領事館に駆け込まなくてはなりません。その次が航空券・お金・カードといったところでしょうか。最近は携帯電話の重要度もアップしています。

2.忘れたらとっても困るけどまあ何とかなるもの
・ガイドブック(日本語の)
・Eチケット発行控え・旅程表など
・衣類(防寒具・下着・靴下など)

3.忘れても何とかなるもの…その他全て


また、出張が多い部署にいるなど頻繁に旅行する生活をしていれば自ずと何を持っていくべきかを次第に体が覚えていくというか、頭の中に持ち物リストが叩き込まれた状態になるので普段よりも少ない注意力(≒時間/手間)で旅行の準備ができるような気がします。一番いいのは全ての持ち物に対して細心の注意を払うことですが、やはり人間ですから(ここが甘えなんですが)そうそううまくはいきません。注意力は無限ではなく限りのあるリソースだという認識のもと、自分の注意力のキャパシティを増やそう無理をするのではなく限られたパイの配分を考えたほうが物事がうまくいくということを経験上学んだような気がします。もちろん「慣れ」によって注意力のキャパシティは増すかもしれませんが、増えたらラッキーくらいに思っておいたほうが道中気楽に過ごせると思います。

もう一つ重要なことは、何かを忘れてしまっても自分をあまり責めないことかもしれません。責めたところで何も良い知恵は生まれないしそれより「じゃあどうすればいいか」を考えて建設的になるほうが後々良い結果につながりますから…。
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by coast_starlight | 2007-01-05 00:29 | 私のはなし

<旅行> タイ/ソポンとの会話

新年あけましておめでとうございます。私の留学生活も残すところあと半年となりました。ということはこのブログもあと半年ということです。引き続きよろしくお願いします。自分への備忘録も兼ね、ソポンとどういうことを話したかを思い出しながら今年最初の日記を書くことにします。

「卒業してバンコクに戻ってから毎日何してるの?」

「今まで結構旅行をしたかな。カンボジアやラオス、中国にも行ったし。他はテレビゲームとか(彼はドラゴンクエストなどのRPGが大好きである)。先月は修行(前述…タイでは一般人向けに1ヶ月ほど僧になる体験的修行制度があるらしい)してきたこともあって、特に幸せとは何かといったことについてよく考えるんだ。修行の間、考えることをやめるというか、本当に無の境地に達することができて、そのせいか欲がなくなったような気がする。ねぇ、ちょっとやせたと思わない?修行中は一日一食だから体重が4キロ減ったし、おなかがへっこんでうれしい。不思議とその間は食欲がわかないというか、別にそれでも平気だったんだ。」

「あはは。そう言われるとそうかもしれない。確かに年を経るにつれて体重を維持するのが難しくなってくるよねー。私は『食べるために生きる』人だからそれはたぶんつらいと思う。」

「年齢を経ると基礎代謝量が減っていくから、食べる量を減らすしかないんだけどね。」

「でも日頃から運動して筋肉つけたら基礎代謝は上がるんじゃないかな。」

「それと修行の前後にあるマッサージに通ったんだけど、そのマッサージが結構効いて、気持ちいいだけでなく体が柔らかくなったんだ。手が地面につくようになったし。」

「私は30センチいくよ。」

「バレエとか何かやってたの?」

「いや、何もやっていない。生まれつき体が柔らかいみたい。」
※注:ワットポーのマッサージで体の筋を伸ばすストレッチ体操みたいなものがあったのですが、マッサージ師のお姉さんに驚かれてしまいました。

「そうそう、学校に行っていた頃はよく不眠で悩んでいたのだけど、頭が勝手に考え事を始めていたことがよくあって…。修行に行ったらそれを抑えることができるようになって最近はよく眠れるようになった。」

「頭が勝手に考え事を始めるというのは何かわかるような気がする。私の場合はどうも違う景色を見るといろいろ頭に考え事がわくようなの。この夏グリーンランドに旅行したとき、氷河や広大な自然を目の前にしてあれこれいろんなことを思いついてしんどかったよ。日が沈まないこともあったと思うけど。かっこよく言えばインスピレーションなんだろうけどそんなもんじゃなくて、本当に頭が痛かった。コントロールがきかないのもつらいところよね。」

「修行をしていたときに、ある瞬間突然無の境地に達することができたというか、本当にあらゆる考えから自由になるってこういうことなんだということがわかったんだ。それに欲望って何だろうって思ったりして…以前はこうなりたい、こういうことがしたい、というのがいろいろあったんだけど、今は別に貧乏で終わってもそれでいいかなと思ったりするんだ。でも今は修行が終わってあまり経っていないからこんなこと言っているだけであって、来年になったらまた違うこと考えているかもしれないけど。」

「そうねぇ、でもあまりに欲望がないとそれはそれで進歩がないということもあるだろうし、自分以外の人に対する責任を果たすという意味で自分がそうしたいと思っていなくても何かをしなければならないということだってあるだろうし…。ところでご家族はお元気?子供さんは学校にもう行ってるんでしょ?」

「奥さんは2ヶ月前から銀行で働き始めた。息子は小学校に入って、娘は幼稚園に行ってる。どちらもインターナショナルスクールに通わせているんだけど、娘のいる幼稚園は日本人の子供ばかりだよ。学校行事の時は日本人の親がたくさん来ていてビデオカメラ回してる。」

「タイには日本人そんなにたくさんいるんだ。」

「自動車メーカーの工場があったりして日本人が多く駐在しているんだ。工場はバンコクから離れているんだけどなぜか皆バンコクに住みたがるみたいだね。通勤に片道2時間かかっても、運転手つきの車で連れて行ってくれるし、満員電車に揺られるよりはいいんじゃないの?それにバンコクには日本のスーパーやお店もあって、日本人コミュニティができていて住みやすいんだと思うけど、それじゃ本当のタイがわからないような気がする。」

「皆が皆好きでタイに引っ越すわけではなく業務命令でタイに来ている訳だから、日本をそのまま持ち込んでいる感じね…う~ん、日本人としてちょっと複雑な気分かも。今私は留学という立場で海外で生活しているから周りを日本人に囲まれた生活をしているわけではないし、そういう意味では駐在なんかで海外に行くよりも現地に順応しやすい環境かもしれない。今その重要性を感じる。見えてくるものが全然違うもん。1年くらい経った頃からやっと生活に慣れてきた感じがするし、やっと物事を日本と比較するのをやめてそのまま受け入れることができつつあるような気がする。子供さんをインターナショナルスクールに通わせるのは、やっぱり英語をできるようにさせたいから?」

「僕はこの国に生まれてこの国に死にたいと思っているし、子供にもこの国で死んで欲しいとは思うけど、それより大事なのは何がしかの所属意識(sense of belonging)を持ってもらうことだと思う。タイ人としてタイ語はできてほしいけど、英語のほうがうまくなったとしてもそれでもいい。」

たぶんここで彼の言う所属意識とは、アイデンティティーに近いものだと思いました。タイ人であるということは自分の一部ではあるけれど、そういうことより自分が何者かということのほうが重要、自分に与えられた条件や環境に拘泥されてほしくない、ということだと解釈しました。


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ソポンとタイで久々に会ってから、もう一週間が経ちました。お互いを取り巻く環境はかなり異なりますが、たぶん人生の何に喜びを感じるか、という根本的な部分では考え方が似ているような気がします。だから抽象的な話をしても通じるのだと思います。自分はタイ人であるという意識はとても強いですが、それでいてアングロサクソン的な自己主張方法も心得ているし、自分の思いの強い分野(彼の専門分野だった規制緩和や民営化といった話)になると急に熱く語りだします。和魂洋才ならぬ、タイ魂洋才といったところでしょうか。

昼食代約1500バーツ(これはかなり高価!)は彼が払ってくれたのですが、彼曰く「タイは日本と比べて物価が安いから、僕のほうがアドバンテージがある」のだそうです。ようするに、彼が日本に来て私が案内する役に回った場合は私が払うということです。まあその時までにせいぜいあなたみたいに高給取りになっておきたいところだけど、たぶんムリだな。期待しないで待っていてね…心の中でそうつぶやきました。
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by coast_starlight | 2007-01-02 19:53 | 旅行