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<日々の出来事> 文京区を歩く

この土日、やっと新居が決まり、土曜日の朝不動産屋で契約手続きをすることができました。まだ出すべき書類はあれこれありますが、とりあえず家自体は決まったので安心しました。ただこの新居に住めるのは8月からなのでそれまでは仮住まいです。驚いたのが、家の持ち主が銀行だということ。某信託銀行が持ち主で、貸主の欄には銀行の担当執行役員の名前がありました。どういう事情から銀行が持ち主になったのかはよくわかりませんが(持ち主が亡くなって子息が相続税を払えなくて手放したとか??)そういう物件って多いのだろうか…。ところで私がここまで粘ったのは、礼金と更新手数料を払わなくてよい物件だったから。だって、家賃高いんだもん…。

a0079741_23505316.jpgまたこの週末は伝通院というお寺であさがお祭りがやっていると不動産屋のおじさんが教えてくれたので、少し覗いてきました。こういう日本のお祭りに行くのは何年ぶりだろう…。






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a0079741_2351234.jpg日曜日には、今東京に来ているという同級生と会うことにしました。日本には親戚が住んでいて、東京に来るのは三回目で主な観光スポットは一応行ったことがあると言っていたので、「それじゃローカルな庭園に行こう」と言って駒込にある六義園に行くことにしました。ここは五代将軍・徳川綱吉の時代にできた庭園で、国の特別名勝にも指定されています。ここでは中の茶屋で抹茶と和菓子でくつろぐことができます。今日はあまり天気が良くなかったので、雨でも趣のあるところがいいかな、と思ってここにしました。

その後六義園から後楽園のラクーアまで文京区のコミュニティーバスに乗りました。このコミュニティーバスは今年の4月から始まったそうで、文京区の交通不便地域を解消することが目的なのだそうです。確かに文京区は東京の真ん中にある区でかなり便利ではあるのですが、坂は多いし区の北部地域を東西に結ぶ交通機関というのがあまり存在しません。コミュニティーバスは最近でこそ多くの場所で見かけるようになりましたが、まさか文京区でもあったとは…という個人的な興味もあり後楽園までこのバスで行くことにしました。

その後ラクーアの9階にある日本料理店で昼食を食べていたのですが、窓から外を見下ろすと東京ドームの周りを長蛇の列が取り囲んでいました。「これ何の行列ですか?」と店員さんに尋ねたところ、キンキキッズのイベントがあるのだとか。イベントは夕方からなのに、何時間も前からみんな熱心だなーと思ってしまいました。ちなみに今日でちょうどデビュー10周年なのだそうです。

それはそうと、彼女が言うには、親戚のおばさんが「過保護」で日本語ができない彼女が一人で歩くのをかなり心配するから地下鉄にも一人で乗らせてもらえない…とぼやいていました。今日は日本語のできる人(つまり自分)と一緒だからということで日本滞在中初めて親戚以外の人と出歩けて息抜きになる、なんて言っていたのがちょっと面白かったです。「私は今まで一人で世界のいろんなところを旅してきているのに、変な話よね」と言ってましたが、なまじいろいろわかりすぎていると心配なのかな、とおばさんの立場に立って思いました。身の危険を感じることは普通にしていればまずないと思いますが、日本って本当に英語が通じないもんな~。

今度は私が彼女が住むところに遊びに行きたいな、と思いました。こんな感じで世界のあらゆるところに訪ねることのできる人のネットワークができる、また逆に「遠方より朋来たる、亦楽しからずや」ということが実感できることがケネディスクールに行って良かったことかなと思いました。それにしても、正直なところこんなに早く誰かが遊びに来るとは思っていませんでした。次は、誰が来るかなぁ…。卒業式は「絶対遊びに行くからねー」と言ったりしてその場の気持ちは盛り上がるのですが、その気分の高まりにも「賞味期限」があるというか時がたつにつれあれこれ現実が邪魔をして訪問が実現されにくくなっていくケースが多いと思います。私は「賞味期限」を長く保つよういろんな人とこまめに連絡をとったり努力はしているつもりですが、そういう努力って結構大事になってくるんだろうな、と少し思いました。
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by coast_starlight | 2007-07-22 23:55 | 日々の出来事

<日々の出来事> 三連休の過ごし方

会社員生活に戻ってはや二週間、先週末は仕事していたため休みは日曜日だけでした。というわけでこの三連休まで「休みだー」という気がしませんでした。そんなわけでこの三連休は、新生活の準備やたまっていた作業をしたりするうちに過ぎていきました。


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土曜日:ヨドバシカメラに行く

私が日本を発った頃にはまだオープンしていなかった、秋葉原にあるヨドバシカメラに行ってきました。ボーナス後の連休ということもあって商戦にも力がはいっているようで、各売り場には「販売応援」というバッジをつけた人達が多く立っていました。日本を発つときにほとんどの電化製品を人にあげてしまったため、洗濯機やテレビなど新しく買わないといけないものが多くあります。そんな訳で生活家電売り場に足を運んだのですが…。今や洗濯機は乾燥機機能のついたものが主流になっているらしい。いや、私が日本を発ったときもありましたがまだ値段が高くて手が出ない、という感じでした。今は洗濯容量6キロ、乾燥容量4キロ程度のものなら7~8万円くらいであるようです。私が売り場でジーッっと洗濯機を眺めていると、「販売応援」のお兄さんが話しかけてきました。ドラム式の洗濯機を買う際には家の置き場所の寸法をしっかり測ってくることが大事だ、などと役に立つことを言ってくれる人もいましたが、何を言っているのかが良く分からない人もいたりして、久々にいろんな人と日本語でやりとりしてしまいました。例えばこんなこともありました。

「今はこういうのが売れ筋で…(延々とおそらく暗記しているのであろう説明を始める)」

「あのー、たたき洗いと泡洗浄の違いって何ですか?」

「えっ、たたき洗いは、こう、たたいて洗うというかですね、で、泡洗浄は…泡が、こう…(3秒ほどの沈黙)…いや、何ていうか、説明が難しいんですけど…。」

「…つまり、好みの問題っていうことですか?」

「えぇ~、ま、まぁ~、そういうことです~」

a0079741_23124940.jpg(「販売応援」になってないじゃん)という呆れた気持ちを抑えて私が無理やりまとめてしまったのですが、客にまとめさせちゃダメだよなー、と思って売り場を後にしました。ちなみに私が後からカタログを読んで得た情報を解釈すると、どうやらたたき洗いはドラム式洗濯乾燥機で上から洗濯物を下に落として(ドラムの直径分落下する)その重力で「たたく」のに対し(図を参照ください)、泡洗浄は洗剤から独自の方法で高濃度の泡を作り出してそれを衣類にまんべんなく行き渡らせ、温水洗浄との組み合わせで汚れをしっかり落とすのだそうです。どちらのほうがよく汚れが落ちるのかは…よくわかりません。

他にも冷蔵庫やテレビなどあらゆる売り場を歩き販売員の人達とやりとりして思ったのが「人の話聞いてよ!」「もっと売る製品ついて勉強してよ!」ということです。私もあまり人のこと言えないのですが「いや、あなたよりは人の話し聞いていると思うな」と思うことがたまにありました…。むしろ売り場に設置されているDVD映像を見ていたほうがよくわかるんじゃないかと思いました。個人的には東芝のタイフーンロボという掃除機のDVD映像がよくできていると思いました。でも、機能の説明をするときに無意味に「シャキーン」とか効果音が入っているのは結構笑えました。いやー、日本ってすごい国だ。

ところで、すぐにいるわけでもないのに買ってしまったのがモバイルプリンタ。理由は、販売員がちゃんと人の話を聞く人だったから。私の質問にちゃんと答え、聞かれた以上のことは言わない。それだけでいい気分になり「この人から買いたい」と思ってしまいました。そんなわけで、私の宿の部屋は狭いのにモノが増えてしまいました。

昼はヨドバシカメラの8階にある刀削麺荘という中華料理屋で麻辣麺を食べました。これは留学前よくお昼に食べに行ったなつかしのお店(ただし、通っていた店は別の店)。ヨドバシカメラに行くときには絶対行こうと決めていました。久々の再開で味も変わっていなくて大満足…値段が680円→850円になっていたのを除いては。

その後足裏マッサージに行き、宿に戻った後は天気が悪かったこともあり部屋で電化製品のカタログを見ながら一人検討会を開いていました。


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日曜日: 新宿に行く

連休二日目は新宿に行くことにしました。まずルミネに行ったのですが、何だか歩いていて恥ずかしくなってしまいました。私はTシャツにジーパンで行ったのですが、他に歩いている女性は皆同じような格好をしている…なぜだ!!気を取り直して本屋に行き、東京の地図を買いました。もちろん東京の地理を全く分かっていないわけではないですが、2年もいないと細かい部分が変わっているし、また自分が住む周辺をもっと知りたいということもありまずは地図を買って地域の全体像を把握することにしました。

夕方、少し雨が落ち着いた頃、新居となる家の周りを歩いてみました。京都にある私の祖母の実家の周りと似て、狭い路地道が多く個人商店が多いところです。家から最寄り駅(といっても複数あるのですが)に行くにはどう行けば近いか、またどう歩けば坂を登らなくて済むか、などを歩いて確かめていました。


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月曜日: 日本橋に行く

今日は日本橋の高島屋本店に行ってきました。留学に出る前「留学終わってからたぶん仕事に着て行く服がなくて困るだろうな」と予想していたため、あらかじめ高島屋友の会で毎月5000円の積み立てをし、帰国後服を買うお金を「予算化」していました(そうしないとなかなか買わない、という理由もある)。2年分、13万円(1万円はボーナス)の金券が手元にあったのですが、スーツを買ったらその半分が一瞬にしてなくなってしまいました。

その後宿に戻り、会社に出す留学報告書を書いたりして過ごしました。



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留学自体は終わったので、このブログもいつまで書こうかと悩んでいるのですが、やめたい気になったときにやめようと思います。今のところは、見るものがまだ新鮮なのでネタになる、と自分では思っているのですが。あとは、書きかけの内容が結構あるので(ネタ自体はたくさんあるのだが、記事にまとめ上げるのに時間がかかる)、それを書き終えてからにしようか、とも思っています。
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by coast_starlight | 2007-07-16 23:13 | 日々の出来事

<日々の出来事> 神戸より

月曜日から東京都内の職場に戻り、早速今週末神戸に出張しています。国内・海外への出張が多い職場だとは予想していたものの、自分の住まいも決まらないうちに出張なんて…でも実は楽しかったりするのですが。新幹線に乗るのも2年ぶりだったし。ところで、職場に戻ったら入社以来ずっといなかった部下がついているではないか…。彼が生まれたとき私はもうすでに小学生だったのか、と思うとジェネレーションギャップを感じたりします。う~ん、これからどうやって先輩として接するべきか…。書きたいことはいろいろあるのですが、今日夕方の新幹線に乗って神戸についてからヘロヘロになっているので今日はこのへんで。
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by coast_starlight | 2007-07-06 23:59 | 日々の出来事

<考え方> 自分の行動に潜む価値観を分析する

帰国の飛行機のなかで一問思いついたので書きます。とっても小さい出来事をくどくどと分析していて「ヒマ人だなー」と思われるかもしれませんが、この中から何か気づきを得て頂ければ幸いです。


<例題> 冷凍庫に余った塩鮭

家を引き払う当日、その日まで使っていた日用品や冷蔵庫・冷凍庫に残っていた食材は可能な限りムービングセールに来られた方や知り合いの方にタダで譲りました…というか、もらって頂きました。しかし、うっかり冷凍庫の奥のほうに塩鮭2切れが残っているのに気づきました。これは日本食スーパーで買った、2切れで5ドル近くもする貴重な食材です。でももう誰もあげる相手がいないよー、どうしよう…。そこで私は次のような方法を思いつきました。

家を引き払った後、知り合いのおじさんにアパートからホテルまで送ってもらうことになっていました。その際、同じ日に帰国する予定だった私の友人も同乗し、彼女と共にホテルに移動することになっていたのですが、彼女がアパートを引き払うのは私よりも一日後でした。そのため私は彼女のアパートに到着したとき塩鮭だけを持って彼女の部屋に行き(想像するとかなり滑稽かも)、彼女を迎えに行くとともに「ねぇ、そっちの冷凍庫にこの塩鮭入れておいてくれない?ムービングセールか何かで部屋に来る人まだいるでしょ、その人にあげてもらえるかなぁ?」とお願いしました。

さて問題です。どうして私はここまでして塩鮭を捨てずに持ち続けたのでしょうか?もしあなたが同じ立場に立ったらどういう行動をとりますか?それはどうしてですか?

ちなみに塩鮭は友人によると無事同じアパートの日本人の方にもらわれていったそうです。めでたしめでたし。


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これ「もったいないと思ったから」の一言で済ませちゃダメですよ。それでは分析が足りません。単にそれだけでは「他に引越しで捨てたモノはたくさんあるのになぜこの塩鮭は捨てられなかったか」を説明できません。また、最悪知り合いのおじさんにあげるという「解決法」もあったのですが、このおじさんは日本人ではないためおそらくもらってもどう食べていいかわからなかったと思います。私は塩鮭を塩鮭らしく食べてもらいたかったため(もっと大げさに言うと、塩鮭になるという運命をたどったこの鮭の本分を全うしてもらいたかったため)あえて日本人にこだわりました。

「もったいないと思ったから」をもう一歩踏み込んで分析すると「塩鮭を捨てている自分の存在を認めることができなかったから」だと思います。ポイントは「もったいない」という考えを「当たり前じゃない」とか「常識でしょ」という一言で済ませないことです。私以外の人が同じ状況に陥ったとき皆同じような行動をとるとは思えません。引越しというある意味時間的制約の多い切羽詰った状況の下では、何も考えずに捨てる人も多いかもしれません。引越しの時は多くのものを(結果として)捨てる羽目になるので、毎回罪悪感にさいなまれます。私が上に書いた行動をとったのは、その自分の罪悪感を少しでも軽減したいという自分の気持ちの表れだと私は解釈しました。塩鮭のためではなく、私のためなのです。もっとも、誰かにもらわれてはいきましたが、無事最後まで見届けた訳ではありません。その人が「う~ん、やっぱりいらない」といって捨ててしまう可能性だって否定できません。でも私はベストを尽くしました。

では、他にたくさんのモノを捨てたのになぜ塩鮭はここまで大事に扱われたのでしょうか。冷凍食品だから傷みやすいし扱いも面倒です。それにこだわるヒマがあったらさっさと捨てて塩鮭のことは忘れてしまって引越し作業そのものをしたほうが、「引越しを済ませる」という目的のためには良かったかもしれません。しかし私には別の「引越しの際に毎回感じる『まだ使える/食べられるものを捨てなければならない罪悪感』を最小限にしたい」という目的があり、罪悪感を感じてしまう自分がいる以上これはそれなりに優先順位の高いことだったのだと思います。この目的を果たすことは、私という人物の一貫性を保つために重要なことでもあります。

あとは、子供の頃から「食べ物を粗末にしてはいけません」と半ば刷り込みのように教えられていることも潜在意識に影響しているかもしれません。アメリカ生活が長いと、食べ物を捨てている場に遭遇することが多いんだ、これが。レストランで食事を注文すると出てくる量が多いこともあるし、余ったものを持ち帰ることが可能で実際持ち帰っている人もいますが、残している人も結構多いです。多くの残飯を見るのは心が痛みます。

私が小さい頃、夕食のトンカツやコロッケについてくる千切りキャベツを「食べる」と言って出してもらって残すとそれが次の日の朝ごはんに炒めて出てきて、それでも食べ切らないと「じゃあ捨てるしかないね。キャベツさんに謝りなさい。」とか母親に言われて「キャベツさんごめんなさい…」と言いながらキャベツを捨てた記憶があります。他にも小さい頃はいろいろなことを経験していると思うのですが、なぜかこの記憶はかなり鮮明に残っています。そのせいか食材にも魂があると思ってしまうようで、塩鮭を捨てられなかったのはこういう幼少時の原体験があるからかもしれません。

小学校の頃確か国語の教科書に「鮭の一生」という話がありました。鮭は約2000個の卵を産むそうですが、稚魚になり川を下り遠洋に旅立ち、再び同じ川に戻ってきて産卵までに至るのはわずか2~3匹なのだそうです。他の鮭たちはそれまでに他の生き物に食べられてしまったり、我々人間によって捕られてしまうのです。この塩鮭もおそらく遠洋で漁師さんによって捕まえられたため、残念ながらその2~3匹にはなれなかった鮭なのです。…こんなことを考えていたら、やっぱり捨てられませんよね。

塩鮭のことを考えるだけでこんなにヒマがつぶせるなんて、ひょっとして私って天才かも…と思ったか思っていないかは皆様のご想像にお任せします。


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昨日午後無事成田空港に到着し、今は水道橋のホテルに滞在しています。今日からもとの職場に戻ります。かなり浦島太郎状態になっているんだろうな…。
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by coast_starlight | 2007-07-02 07:30 | 考え方