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<旅行> 韓国/ソウルと温陽温泉(オニャンオンチョン)と鉄分補給

この休みに、韓国へ2泊3日で行ってきました。9月のはじめ、よく旅行に行く友人と電話で会話中「ねぇ、ソウルにマイレージで行けるかなぁ?今JALのホームページ開いて見てみようよ。」と話を持ちかけてみました。その場で調べてみたところ、何と羽田~金浦(キンポ)線が空いているではないか!必要なマイル数は15000マイルなのですが、そのとき友人は14800マイルしか持っていませんでした。でもインターネットで予約すれば500マイルの割引があるので予約可能だということに気づき、これは神様が私達に「韓国旅行に行きなさい」と行っているのだ!と勝手に解釈しました。その頃11月の自分の予定は決まっておらず、どちらかというと忙しくなるだろうと予想はしていたのですが、そんなこと言っていたら何も決められません。とりあえずお互い同じ便を予約し、それを前提に予定を立てることにしました。結果としては、前後の仕事が結構忙しくて私の場合韓国旅行を「敢行する」といった感じになったのですが…。木曜日の夕方に羽田を出発し土曜日の深夜に羽田に戻ってくるという、韓国滞在時間約50時間の旅行でした。滞在時間は短かったものの、事前の準備が功を奏し(?)密度の濃い有意義な時を過ごすことができました。


<1日目>

午前中会社に行き仕事をし、社員食堂でお昼を食べた後その足で羽田に向かいました。私の勤務先から羽田空港まではJRとモノレールを乗り継いで45分くらいです。私が韓国に行くのはこれで4回目で、前回行った2005年のゴールデンウィークに羽田~金浦便を利用してものすごく楽だという印象を受けたのですが、今回はさらに楽になっていました。国際線ターミナルは、モノレールの終着駅である羽田空港第2ターミナルから連絡バスに乗って行ったところにあるこじんまりとした建屋です。羽田~金浦便が始まる前はチャイナエアラインの台北~羽田~ホノルル線(2002年に成田に移転)のみに使われていたこの空港が、今では羽田~金浦線が一日8往復、羽田~虹橋(上海)便が一日4往復する大忙しなターミナルに変身しました。都心からのアクセスの良さに加え、成田と比べて空港の規模が小さいため空港内であまり歩かなくて良く、手続きも割とスムーズに進むのも移動が楽な主な理由だと思います。とはいえ、各便の出発前になると手荷物検査や出国手続きのところには長蛇の列ができるので、早めに行くに越したことはありません。また、2005年に来た時と比べて免税店の品揃えも充実しているような感じがしました。

約2時間の飛行時間の後金浦空港に到着した我々は、地下鉄5号線でホテルのある東大門方面に向かいました。滞在先は東大門運動場(トンデムンウンドンジャン)駅と乙支路4街(ウルチロサガ)駅の中間くらいにある割と便利な場所でした。早い段階で宿泊先を検討し予約したお陰で、高級アパートのようなキレイな部屋に1泊7万ウォン(8000円くらい)で泊まることができ大満足でした。到着後市庁(シッチャン)方面に地下鉄で向かい、韓国語学校の元クラスメートと一緒に夕食を食べに行きました。この晩の夕食はプルコギとビビンバと冷麺(ネンミョン)というありがちな食事でしたが、韓国旅行初日だとまあこんなものかな、という感じでした。(この後、だんだん地元民に近い食事になっていくわけですが。)

食事の後、宿のある東大門方面に向かい、そこにあるミリオーレという商業施設ビルに行きました。ミリオーレには洋服や靴、カバンなどを売るテナントが所狭しと入居しており、店員とやりとりして値切ったりしながら買い物を楽しめるようです。私は今回買い物はしませんでしたが、その気で行けば結構面白かったかも、と思いました。この建物の14階にマッサージ屋があり、その場の流れで足裏マッサージをすることになったのですが、マッサージ終了後お店のオジサンが我々に対してビタミンドリンクをキャップを開けて有無を言わせず渡してきたのには面食らいました。今飲まずに持って帰るっていう選択肢はないのかなぁ。加えてオミヤゲとかいって韓国海苔を渡され、「何でマッサージ屋で韓国海苔のオミヤゲがあるんだ??」と不思議な気持ちになった後宿に戻りました。



<2日目>

この日は、ソウル大学で交通計画を専攻している友人にお願いし、鉄分補給ツアーを組んでもらいました。


a0079741_23442576.jpga0079741_23394017.jpg08:40 ソウル(龍山) → 10:03 温陽温泉    セマウル1153号

前の日宿に戻ったのが夜中の12時過ぎだったので、ちょっと朝起きるのがつらかったのですが、8:30頃ソウルの龍山(ヨンサン)駅で友人と待ち合わせ、温陽温泉に向かいました。ソウルから温陽温泉を経由し長項(チャンハン)に向かう路線にはセマウル号という特急列車が走っていますが、来年終わりか再来年には、天安(チョンアン)駅から温陽温泉駅まで通勤列車が乗り入れることになっており、ソウルへの通勤圏が広がると予想します。温陽温泉駅は現在大規模工事中ですが(オレンジと白の幕がそれを物語っていました)、通勤列車が乗り入れる頃にはもっと立派な駅に生まれ変わっていることと思います。


a0079741_23401761.jpga0079741_2345219.jpg温陽温泉では、温陽グランドホテルというホテルの日帰り入浴に行きました。手ぬぐいつきで5000ウォン(600円くらい)でした。大きいバスタオルはないので、そういうこともあろうかと思い持参したのは正解でした。女湯は結構混んでおり、平日の昼間(韓国は祝日ではないので)にこんなに人がいるんだ、と驚きました。同行してくれた友人が言うには、男湯は空いていたそうです。韓国でこういう公衆浴場のようなところに行くのは初めてで、正直なところ「どんな感じかなぁ」という気分はあったのですが、いざ入ってみると日本の温泉とあまり変わらず普通にくつろげました。


a0079741_2341192.jpga0079741_23463119.jpg12:04 温陽温泉    → 14:08 長項      セマウル1155号

温陽温泉に入った後、再びセマウル号で終着駅長項に向かいました。前の日に夜遅くまで遊んでいたからか、温泉に入った後だったからかわかりませんが、とにかく眠かったです。






a0079741_23424278.jpga0079741_23421366.jpg14:50 長項      → 15:05 群山    船

長項は素朴な感じの港町でした。駅から歩いて10分くらいのところに漁港があり、干物がつくられている光景は日本とあまり変わらない感じがしました。群山(グンサン)へ向かうのにバスか船があるのですが、せっかくだからということで船に乗ることにしました。船に乗る直前、あまり時間がなかったのですが船着き場にあった食堂で韓定食を食べました。


a0079741_23475122.jpga0079741_2347670.jpg15:15 群山      → 15:45 益山      通勤列車2178号

港から駅までの距離が不明だったのでとりあえずタクシーに乗ったのですが、これに乗っていなかったら電車に間に合いませんでした。群山から益山(イクサン)まではディーゼル車両が1~2時間に1本運行しているそうです。益山駅で、たくさんの方向幕が置いてあるのを見つけたので、思わず写真に撮ってしまいました。


a0079741_23485538.jpg16:00 益山      → 17:41 ソウル(龍山)     KTX  410号

益山に着いた後、少し時間があったので一旦改札を出てKTXのチケットを購入し、ソウルに戻りました。KTXはフランスのTGV型車両のため、座席が回転しません。従って車両の真ん中の車両は4人がけの向かい合わせの座席になっており、真ん中にテーブルがあります。これが韓国人には不評で、この席はかなり割引されているそうです。そのため我々3人が切符を買う際、この席だったら3人でもバラで買うより安くなるからということでチケット売り場のおばさんがこの席にしていました。ヨーロッパではこの席はパソコンが置けたりと使いたがる人が多いのですが、友人によると韓国人は知らない人と向かい合わせになるのがイヤなのだそうです。場所が違うと文化が違うんだな、と思いました。その辺車両調達の際韓国国鉄が入札スペックに明記しなかったのかなぁ…。売る側の力(フランスのアルストム)のほうが強かったのだと思いました。


a0079741_2350215.jpga0079741_23493226.jpgこの「鉄分補給」日帰り温泉旅行から戻った後、以前行ったことのある明洞(ミョンドン)エリアにある食堂に行きサムギョプサルを食べました。サムギョプサルは私の好きなメニューの一つではありますが、どういうわけか今回は肉の厚みと脂身の多さに驚いたのか私はあまり食べられませんでした。他の2人はおいしそうに平らげていましたが…。

一旦宿に戻り、案内してもらったお礼にということで日本から持ってきた「鉄道ファン」1月号を手渡し夜の8時半頃友人と別れました。予定ではこの後汗蒸幕(ハンジュンマク)とアカスリに行こうかと思っていたのですが、かなり疲れてしまったので部屋でゆっくりして明日に備えることとしました。


<3日目>

この日私はどういうわけかトンカツの夢を見ました。先に起きていた友人に、起きるや否や「ついこの瞬間までトンカツの夢を見ていたんだ。トンカツを2切れ揚げたんだけど、そのうち1枚は黒ゴマペーストが衣に練りこんであって灰色をしていたんだ。揚がったトンカツをザクザク切っていて、ちょっと細く切りすぎた、と後悔した瞬間に目が覚めた。何で食べてから目が覚めなかったんだ…。」と訳のわからないことを言って朝を迎えました。彼女は笑って聞いてくれていましたが、「変わったことを言う人だなぁ」と改めて思ったかもしれません。いずれにせよ道中何を話しても快く聞いてくれる彼女のお陰で今までの旅行は楽しく過ごせています。どうもありがとう。ちなみに韓国でトンカツは典型的な日式(日本料理のこと)の一つですが、韓国語では「トンカス」と言うみたいです。おそらく「ツ」の発音が韓国語と相性が悪いからだと思います。別にトンカツが食べたかったわけでもなく、むしろ前の日のサムギョプサルで「豚の脂身はもう結構」と思っていたくらいなのに、どうしてだろう?夢の内容とその人の潜在意識には深い相関があるようですが、それにしても何でトンカツなんだ??ちなみに、黒ゴマペーストを衣に練りこんだトンカツは今までに作ったことも食べたこともありません。一体どんな味がするんだろう…。

気を取り直してシャワーに入り着替えた後、荷物をまとめ10時にチェックアウトしました。ロビーではこの日に約束していたケネディスクール時代の同級生の女の子が私達を待っていてくれました。彼女と会ったのは1年半ぶりくらいだと思います。彼女は私より1年早く卒業し、去年の夏からワシントンDCにあるNPOで働いたりしていたようですが、今は韓国の国際協力団体(日本でいうJICAみたいなところ)でリサーチの仕事をしています。去年彼女がワシントンDCに引っ越す前はお互いボストンにいて割と時間があったので、旅行をしたり食事に行ったりと頻繁に遊んでいました。

a0079741_23514460.jpga0079741_2350482.jpgまずリクエストしていた昌徳宮(チャンドックン)にタクシーで向かい、1時間半ほど中を見学しました。中は非常に広く、基本的にガイド付きツアーでないと回ることができません。毎週木曜日だけは自由観覧ができるそうです。言語は韓国語・日本語・英語・中国語の4種類あり、我々は10:30スタートの日本語ツアーに参加しました。連休だったからだと思いますが、かなりの人数に驚きました。昌徳宮は李氏朝鮮時代の宮殿で、王族の住居や執務場所などの建物が敷地内に多くあります。戦災などで焼けた後再建された建物も多いものの、建造物および庭園は素晴らしく、2.5キロ歩く一般ツアーでも盛り沢山の内容でした。敷地をくまなく歩く特別観覧は4~5キロほど歩くため、半日くらいつぶれてしまいます。ツアー終了後はさすがにおなかがすき、その後仁寺洞(インサドン)まで歩き餃子入り海鮮鍋とパジョン(チヂミ)を食べました。

a0079741_23562469.jpga0079741_23521717.jpg食事後引き続き仁寺洞の雑貨やオミヤゲの店が並ぶ通りを歩きました。ここにはお店だけでなく韓国のお茶を出す喫茶店もたくさんあります。そのうちの一軒に入ったのですが、ちょっと高くてビックリ!だってお茶が6500ウォン(700円くらい)もするんだもん!昨日長項で食べた食事は4000ウォンだったのに…。オミヤゲ屋は日本語の通じるところが非常に多く、ボケッとしていたら日本語で話しかけられます。韓国人から見たら、外見が似ていても日本人ってわかるんだと思います。私達が日本で韓国人がいたら割とすぐわかるように。

その後仁寺洞から鐘路(チョンノ)方面へ歩き、途中本屋に入りました。大手の本屋らしく日本語の本も置いてあったのですが、何だこのセレクションは…(画像をクリックして拡大すれば本のタイトルが見られますのでご覧下さい)。日本人として大ショックでした。外国にある日本の本屋は在外日本人向けのことが多く、並んでいる本も日本でそのときに売れている本と割と同期していると思うのですが、これは明らかに日本で売れている本とは相関がないように見えます。それだけ日本語のできる韓国人が多くて、その人達はこういう本を読みたがるということだと思いますが、何か複雑な気分になってしまいました。

乙支路入口(ウルチロイプグ)で彼女と別れた後我々は宿に荷物を取りに戻り、再び地下鉄で金浦空港に向かい帰国しました。


<オマケ> 韓国で見たちょっと変わったものの写真を載せておきます。

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by coast_starlight | 2007-11-25 23:56 | 旅行

<日々の出来事> 長い夢

最近、とても悲しいことがあります。1年10ヶ月にも及んだ長い留学生活のことが、なかなか思い出せなくなっているのです。

7月に日本に戻ってきたとき、はじめの1ヶ月ほどは周りで日本語が通じることなどにポカーンとしていたこともありました。しかしそれからはや4ヶ月が経ち、もともと住んでいた国だから当たり前かもしれませんが、ずっとここにいたような感覚さえ覚えてしまいます。留学中の数々の出来事は長い夢だったのではないかと思うくらいです。幸か不幸か、勉強した内容も含め思い出せないこともあります(学費高かったのに、おいおい…)。なので、ここに書いた数々の記事は、自分自身がその頃の生活を思い出すための貴重な記録ともなっています。ここに書けない/記事になるまでに纏めきれていない落書きもたくさんあって、パソコン上にあるメモ帳データや紙のノートに書いたものなどもたまに見返しています。

そんな中、今日偶然にもアメリカの生活を感覚的に思い出す出来事がありました。今日から冷え込んできたので…ということでアメリカから送った衣類を箱から出していたのですが、箱を開けたら何か懐かしいニオイが…。このニオイはアメリカで住んでいたときのアパートのニオイだ!そんなに良いニオイ(「香り」と言えるようなものではないのであえてニオイと書いてしまいます)でもないのですが、何て言っていいのか分からないものの明らかにアメリカを思い出す、そんなニオイでした。

これらの服も、自宅のクローゼットに掛けられてしばらくすると、ニオイもとれて日本に馴染むようになるのだと思います。それも何だかちょっと悲しい、そう思ってしまいますがどうしようもありません。

そんなわけで、現在留学中の方には、毎日の瞬間瞬間を大事にして欲しい、と切に思います。
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by coast_starlight | 2007-11-19 23:43 | 日々の出来事

<私のはなし> グランピー

子供の頃、マクドナルドで「スマイル0円」と書いてあったのを見たことがありますが、あれは今でもあるのでしょうか?

留学中、アメリカ人との付き合いで一番感じていたのは、「フレンドリーに接してくれていても、必ずしも相手が自分のことをフレンドだと思っているとは限らない」ということです。例えば、アメリカ人は基本的に人と目が合うとスマイルで返してくれます。これは、相手に対して警戒心を持っていないということを示すための目的もあるようです。従って、必ずしも相手が自分に対して好意を持っているとは限りません。なので私はどうも相手のスマイルを割り引いて見てしまうような気がします。こちらも可能な限りスマイルで返すのですが、腹の中では「う~ん、この人一体何考えているんだろう」と思ってしまうことはなくもなかったです。そういうときに一瞬しかめっ面をしてしまう自分がいます…う~ん、すぐに顔に出てしまうんですね。(もちろん、裏表のない素晴らしい人も留学中にはたくさん出会いましたが。)

私はスマイルが大の苦手です。アメリカに通算6年ほど住んでいたにもかかわらず、です。普段は淡々としているというか、笑っていることはあまりありません。私がニコニコしているのは大好きなイモムシさんやシロクマさんと戯れているときくらいかもしれません。たまにあまり自分のことを知らない人から「そんな暗い表情しないでスマイルでいなよ」みたいなことを言われると「何であなたに対してスマイルしなきゃいけないの」と思ってしまうくらいです。マクドナルドで働くのはムリですね。私が大ファンであるタイ人の友人ソポン君にも「初めて会った時はグランピーな人だと思ったけど、話しているといい人だということがわかった」とか言われたことがあります。ただ自分の名誉のために書いておくと、相手が信頼するに足ると思えばその喜びを満面の笑みに示して仲良くしたいという態度を示しますよ。もっとも私の場合、一般的に人と仲良くなるのに、時間がかかるみたいですが(これでも今やっている仕事は海外営業だったりします)。

ちなみに英語でグランピー(grumpy)とは「無愛想な、不機嫌な」という意味です。某女性芸能人の「別に」「特にありません」の態度はまさにグランピーそのものです。あれを見たときは、さすがの私もあんなことはしないな、と思いましたけど…。留学生活中、特に2年目は割と慣れてきて結構笑顔をつくることができるようになったのですが、最近自分の表情が単調だなと思います。機嫌が悪いわけではなく単に今まで通りに戻っただけなのかもしれませんが、仕事や日々の生活で考え事をすることが多いからかもしれません。

日本のことわざでも「笑う角には福来る」と言うし、ニコニコしているほうがいいのかもしれないんですがねぇ。頭ではわかっているんですけど、どうしてそういう自分がいるのだろうか?その理由を考えていると、またまた深刻な表情になってしまう…。

誰か、私を笑わせて下さい。
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by coast_starlight | 2007-11-12 23:41 | 私のはなし

<日々の出来事> 11月に会った人々

今月に入ってから偶然にも「久しぶりな人」に立て続けに会うことになりました。


11月2日(金) 福岡にて

私が南カリフォルニアに住んでいた小5~中1の間、近所の日本人のおばさんが国語の個別指導をやっていてそこに通っていました。現地の学校に通っていたので日本語を忘れないようにということで通っていたのですが、今から思えば家庭内や友人同士の会話とは違う世界の会話をしていたような気がします。おばさんには子供がいらっしゃらなかったこともあってか、私へ話すときの話し方および内容が大人向け(?)で、時には内容が難しくて話題についてくのが大変でした。その方は国文学がご専門で、源氏物語や徒然草、百人一首などの話などをあれこれして下さったのですが、残念ながらほとんど覚えていません。しかし私の国語力維持だけでなく、私の周りにはそれまでなかったアカデミックな世界を垣間見ることができ、間接的に私のその後の生き方に影響を与えたのではないかと思います。残念ながらその方は5年ほど前にお亡くなりになったのですが、物理学者であるだんなさんと今でもやりとりしており、現在お住まいの福岡に行くときは必ず連絡をするようにしています。

a0079741_22514349.jpga0079741_2250918.jpg今回の福岡訪問では、大宰府天満宮と九州国立博物館に連れて行って下さいました。学部生および大学院生の頃、将来に対する言いようのない不安に駆られていて「とりあえず旅行でもするか」と思って福岡に行ったことが2~3回くらいあったような気がします。そういうときにおばさんは「何か話でもあるの?」と聞いてくるのですが、私は毎回「いや、別に何か特定の悩みがあるわけじゃないんですけど」と言葉を濁していました。本当に、言葉にできなかったのです。その都度食事や観光に連れて行ってくださり、キレイなものやおいしいものを味わわせてもらいながら、直接そのことについて話す訳でもなく、自分の頭で考えるきっかけを与えて下さっていたように思います。太宰府天満宮は、以前おばさんに連れて行って下さった場所の一つです。九州国立博物館はできて間もないためその頃はありませんでしたが、今回本願寺展が開催されるとのことでおじさんと一緒にあれこれ見て回っていました。博物館内の売店では、「腹の虫」にまつわる面白いぬいぐるみが売られており、思わず写真をとってしまいました。最近、こういう小さいぬいぐるみ系マスコットがいろいろなところで売られており、買いすぎないように我慢するのが大変です。

おじさんとは、おばさんの話をあれこれするかな、と思っていたのですが意外と話題には出ませんでした。いや、直接話題にせずとも各々の心の中に生きていて、何かの折にそれが感じられることにお互い満足していたのだと思います(あくまで私の想像ですが)。今度はおじさんと門司港に行こうと話していたので、その時がいつになるかはわかりませんが、その時には今回聞けなかった話をいろいろ聞いてみようと思います。


11月3日(土) 熊本にて

熊本には、昔同期だった女の子が住んでいます。彼女は結婚退職して地元の熊本に帰ったのですが、その後大学に戻りドクターをとり、現在子育てをしながらポスドク生活を送っています。今まで日本国内・国外ともいろいろなところに行ってきましたが、熊本にはまだ行ったことがなく、彼女もいることだし一度行ってみようと思い熊本まで足を伸ばしてみることにしました。

a0079741_225386.jpga0079741_22524599.jpg彼女は現在二人目を妊娠中だということもあり、貸し切りタクシーで観光をすることにしました。朝10時に熊本駅に到着後、まず熊本城へ行き上まで登って(彼女は下で待っていました)、その後予約していたタクシーで阿蘇に向かいました。途中いろりで魚や肉を焼いて食べるお店でお昼を食べ、白川水源という水どころで水をくみ、その後阿蘇山近辺を回りました。火口には残念ながら風向きのせいで立ち入り禁止となっていて行くことはできなかったのですが、「こんな広大な景色が日本にもあったのか」と思うくらいで行ってよかったと本当に思いました。

a0079741_22533355.jpg夜は熊本名物の馬刺しを食べまくりました。お肉だけでなくレバーや心臓も初めて食べましたが、臭みもなく非常に美味でした。彼女の専門は高出力レーザーや大容量プラズマ(だったっけ?)だそうで、私が受験生時代最も苦手とした物理学の分野で生きていっているすごい人です。女性の物理学者というと、日本物理学会の会長でもあった米沢富美子氏を真っ先に思い出します。米沢氏も三人の子供を育てながらもアモルファスの分野の第一人者となった人。将来女性物理学者の友人がいると自慢しちゃったりして。


11月5日(月) 都内にて

前回の記事に書いた通り、以前通っていた韓国語教室で同じクラスだった人達と会いました。


11月6日(火) 茨城にて

昔一緒に仕事をしていた方と4年ぶりくらいにお会いしました。彼は技術関係のコンサルタントとして香港やオーストラリアなどで勤務し、今はロンドンにいます。私が一緒に仕事をし始めた5年前はまだ結婚したばかりで子供もいなかったのですが、今は2人目も生まれたそうです。時の経過を感じました。

お昼時ちょっと雑談をしていたのですが、彼が「いろいろなところを転々と移り住むのも面白いと言うか、病み付きになってしまうというみたいだ」と言っているのが興味深かったです。また日本語も熱心に勉強中らしく、簡単な会話はできるようになりつつあるようで、彼の使っているノート型パソコンのキーボードの下の箇所にも日本語の単語をメモった紙が貼られていました。彼が今度住む先は日本になりそうかもしれませんね。


11月7日(水) 都内にて

留学準備の際推薦状を書いていただくなどでお世話になったある先生のところに帰国のご挨拶に行きました。10年ほど前に知り合って以来、たびたび進路相談にのってくださっています。留学先としてケネディスクールを目指そうと思ったのも先生の一押しがあったからでした。留学に行く前に一度昼食をごちそうして下さったときがあって、そのときは「あぁ、自分はこれから留学するんだ」という躍動感があったのですが、いざ留学が終わってしまうとあっけないとういか、割と普通な会話をしていました。私も今の職場に戻って間もないので今の職場で何かを成し遂げたという実感をまず持ちたいですが、長期的なプランは未定で、まだまだ試行錯誤は続きそうです。


11月9日(金) 都内にて

同期の女の子とお昼を食べました。彼女は最近海外駐在から帰ってきました。結婚して間もない彼女が言っていたことで印象的だったのが「私は男性がいないと生きていけないということを実感した」という一言。独身での海外駐在生活を通じてそう実感したのかもしれませんが…。彼女によると、それと比べて私は independent だということらしい。それってどういうこと!?


11月10日(土) 都内にて

学生時代の友人とお昼を食べました。彼女は2年ほど前に結婚したのですが、私は留学直後だったので結婚式には参加できず、留学中も何度かやりとりはしていたもののかなりご無沙汰していました。でも思い返せば留学前もそんなに会っていなかったので、彼女と会ったのは実は3年ぶりくらいかもしれません。話を聞くと体調を崩して休職したりといろいろあったようです。今も休職中で、また妊娠していることもあり仕事に戻るのはだいぶ先のようです。働く意欲はあるそうなのですが体調や周りの状況がなかなかついていかないようです。体を壊して休職した人は他にも何人か知っています。幸い私は今までそのようなことはないですが、今の仕事でたまに単調だなと思ってしまうことがある中で、普通に働き続けているというその事実の貴重さを改めて感じたような気がしました。
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by coast_starlight | 2007-11-11 22:55 | 日々の出来事

<日々の出来事> 囲む会

今日(11月5日)は、私を囲む会を有志が開いてくださるとのことで退勤後曙橋へ行ってきました。2004年の秋から留学に出るまで1年ほど東京韓国学校の韓国語教室に通っていたのですが、そこで同じクラスだった人達の団結力が強く、2年近く経った今でも飲み会や韓国旅行などのイベントを開催しているそうです。留学中はフランス語をやっていて韓国語はしばらくやっていなかったのですが、他のメンバーの中でも韓国語を続けている人は実はあまりいなかったりします。イベント会場は曙橋から歩いて数分のところにあるあるマンションの一室で、改築されてバーのようになっているのですが、知り合いのつてがないと絶対わからないような場所でした。元同級生の一人がこの場所を知っており、安くで貸切で使えるとのことでよくここで集まっているそうです。他の人達は実は結構来ているそうです。私もこれから少しづつ仲間に入れてもらうと思っています。

集まって話す話題と言えば、「俺も同じ時期にソウル行くんだ、現地で一緒にゴハン食べようよ」「この前行かれたという新大久保のアカスリの店、教えて欲しいんですけど」といった韓国絡みの話もあれば、「子供を持って今の仕事を続けるのは難しいよね」「来年2月にあるポリスの来日コンサートのチケットとったんだけど」とか全く関係ない話もあったりと、てんでバラバラです。でもどういうわけかノリが合って一緒にいて楽しかったりします。メンバーのうちの一人が近々某国にワーキングホリデーに行くため日本を離れるということを知り、来月は彼女の壮行会をやろうという話にもなりました。

考えてみれば、学生時代(留学時代含む)あるいは会社関係以外の知り合いって少ないので、こういう全然別の人間関係がないと自分は世間知らずになってしまうのではないかと思います。ましてや留学時代に知り合った人達はもちろん素晴らしい人達なのですが、そういう人達だけだと何かそれ以外の世界との接点がなくなってしまいそう…という危機感も少なからずあります。そのため何の脈絡もないのだけどとりあえず仲良くどうでもいい話もできる人達って重要だな、と思いました。
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by coast_starlight | 2007-11-06 00:47 | 日々の出来事

<私のはなし> 気づきは突然やってくる

自分のことって、意外と自分でわかっていないような気がします。自分は何が好きで何がキライか、どういうことに心を踊らせ関心を持つのか…。その時には「何となく」好き/キライと思ったものでも、何年も経ってからその「何となく」の根拠が鮮明になり、「あ、そういうことだったのか!」と気づくこともあると思います。

例えば、最近自分のことで一つわかってきた決定的なことは、自分のことを「おまえ」と呼ばれるのが実はとってもイヤだということです。過去に付き合っていた人で私のことをそう呼ぶ人がいたのですが、その時はあまり深く考えていなかったものの、最後の最後で直感的に「この人とはダメだ」という判断をし別れました。その直感の根拠の一つがどうやら私の呼び方だったということが、別れてからだいぶ経った最近になってわかりました(それだけではないですが)。名前かあだ名(あれば)か「あなた」のほうがいいです。たかがそれくらいのこと、と思うかもしれませんが、私にとっては重要だったようです。振り返ると、男友達の中にも、私のことあるいは他の女友達、あるいは彼女のことを(少なくとも私のいる前で)「おまえ」と呼ぶ人は存在しません。今週末乗った飛行機で60代前半くらいの夫婦が隣の席だったのですが、男性が女性を「おまえ」と呼んでいたのが何か聞いていてイヤで、何でそういう自分がいるんだろう…と考えると納得がいきました。家の中ではいいかもしれないけど、飛行機や電車のパブリックスペースでは誰が聞いているかわからない、自分も気をつけなきゃ、と思いました。人によっては、自分が近い関係にあるという親しみをこめて「おまえ」と言っているつもりの人もいるのかもしれませんが、私はどうもそこは受け入れられないようです。もっとも、今の職場にも目下の人を「おまえ」呼ばわりするオジサンはたくさんいます。また関西では男性に「そんなんおまえ、…………、だからおまえ、………」という口調で、特に誰に向かってというわけでなくても文の切れ目で「おまえ」を挟む人がいます(中学の時の先生にもそういうオジサンは結構いたなぁ)。そういうのは自分個人に宛てられたメッセージとして捉えないので別に気にならない(というか無視する)のですが、もしこの人と自分が仮に対等な立場だったとして、プライベートで仲良くはなれないかも…と思います。

他にも私が気づいたことは、
・美術作品は現代のものよりもちょっと古い18~19世紀のものくらいがどうやら好きらしい
・インテリアは最近できている高級外資系ホテルに多いモダンなこげ茶色の色調よりも、ナチュラルテイストの木目調が好きらしい
・自分の好きな色は青緑っぽい色らしい
などいろいろあるのですが、いずれも旅行時自分がどういうところに行きたがる/自分がどういうものを買う傾向があるか、どういうホテルに泊まったときに居心地が良かったと感じたか、などなどを後から振り返ることによりわかってきたことです。こういうことがわかれば、以後の自分の行動予定にこういうことを反映させることにより、物事の素早い判断につながったり心理的負荷が減ったりするかもしれません。私の場合、自分に対する気づきを得ると一筋の光明がもたらされたかのような気分になり、ちょっと日々の生活にやる気が出てくることが多いです。

このような気づきを得るためには、乱読や気まぐれな外出・旅行をすることが必要かもしれません。ここで大事なのは、一人ですることだと思います。同行者がいると(相手にもよりますが)相手の行動・態度に対して自分がどういう行動・態度をするかという反応的な自分しか表面に現れてこないのではないかと思います。一人だと、自分がやりたくないことはあえてしないでしょうから、自分の傾向がよくわかります。私が一人旅をすると、朝は怠けてダラダラしてしまうことが多いです。同行者がいれば割と朝早くから活動を開始するものの、一人でいると「ま、いっか」と思ってしまいがちです。日々の生活でも、何か自分を鼓舞するものがないと一人ではキビキビと動けない自分の「ダレ癖」を実感する→「これじゃダメだ」と思ってちょっとがんばる→疲れて(イヤになって/飽きて)休む→はじめに戻る、の繰り返しです。

「気づき」はそのような日常に突然変異をもたらしてくれます。
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by coast_starlight | 2007-11-04 23:29 | 私のはなし