<日々の出来事> 文京区を歩く

この土日、やっと新居が決まり、土曜日の朝不動産屋で契約手続きをすることができました。まだ出すべき書類はあれこれありますが、とりあえず家自体は決まったので安心しました。ただこの新居に住めるのは8月からなのでそれまでは仮住まいです。驚いたのが、家の持ち主が銀行だということ。某信託銀行が持ち主で、貸主の欄には銀行の担当執行役員の名前がありました。どういう事情から銀行が持ち主になったのかはよくわかりませんが(持ち主が亡くなって子息が相続税を払えなくて手放したとか??)そういう物件って多いのだろうか…。ところで私がここまで粘ったのは、礼金と更新手数料を払わなくてよい物件だったから。だって、家賃高いんだもん…。

a0079741_23505316.jpgまたこの週末は伝通院というお寺であさがお祭りがやっていると不動産屋のおじさんが教えてくれたので、少し覗いてきました。こういう日本のお祭りに行くのは何年ぶりだろう…。






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a0079741_2351234.jpg日曜日には、今東京に来ているという同級生と会うことにしました。日本には親戚が住んでいて、東京に来るのは三回目で主な観光スポットは一応行ったことがあると言っていたので、「それじゃローカルな庭園に行こう」と言って駒込にある六義園に行くことにしました。ここは五代将軍・徳川綱吉の時代にできた庭園で、国の特別名勝にも指定されています。ここでは中の茶屋で抹茶と和菓子でくつろぐことができます。今日はあまり天気が良くなかったので、雨でも趣のあるところがいいかな、と思ってここにしました。

その後六義園から後楽園のラクーアまで文京区のコミュニティーバスに乗りました。このコミュニティーバスは今年の4月から始まったそうで、文京区の交通不便地域を解消することが目的なのだそうです。確かに文京区は東京の真ん中にある区でかなり便利ではあるのですが、坂は多いし区の北部地域を東西に結ぶ交通機関というのがあまり存在しません。コミュニティーバスは最近でこそ多くの場所で見かけるようになりましたが、まさか文京区でもあったとは…という個人的な興味もあり後楽園までこのバスで行くことにしました。

その後ラクーアの9階にある日本料理店で昼食を食べていたのですが、窓から外を見下ろすと東京ドームの周りを長蛇の列が取り囲んでいました。「これ何の行列ですか?」と店員さんに尋ねたところ、キンキキッズのイベントがあるのだとか。イベントは夕方からなのに、何時間も前からみんな熱心だなーと思ってしまいました。ちなみに今日でちょうどデビュー10周年なのだそうです。

それはそうと、彼女が言うには、親戚のおばさんが「過保護」で日本語ができない彼女が一人で歩くのをかなり心配するから地下鉄にも一人で乗らせてもらえない…とぼやいていました。今日は日本語のできる人(つまり自分)と一緒だからということで日本滞在中初めて親戚以外の人と出歩けて息抜きになる、なんて言っていたのがちょっと面白かったです。「私は今まで一人で世界のいろんなところを旅してきているのに、変な話よね」と言ってましたが、なまじいろいろわかりすぎていると心配なのかな、とおばさんの立場に立って思いました。身の危険を感じることは普通にしていればまずないと思いますが、日本って本当に英語が通じないもんな~。

今度は私が彼女が住むところに遊びに行きたいな、と思いました。こんな感じで世界のあらゆるところに訪ねることのできる人のネットワークができる、また逆に「遠方より朋来たる、亦楽しからずや」ということが実感できることがケネディスクールに行って良かったことかなと思いました。それにしても、正直なところこんなに早く誰かが遊びに来るとは思っていませんでした。次は、誰が来るかなぁ…。卒業式は「絶対遊びに行くからねー」と言ったりしてその場の気持ちは盛り上がるのですが、その気分の高まりにも「賞味期限」があるというか時がたつにつれあれこれ現実が邪魔をして訪問が実現されにくくなっていくケースが多いと思います。私は「賞味期限」を長く保つよういろんな人とこまめに連絡をとったり努力はしているつもりですが、そういう努力って結構大事になってくるんだろうな、と少し思いました。
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# by coast_starlight | 2007-07-22 23:55 | 日々の出来事

<日々の出来事> 三連休の過ごし方

会社員生活に戻ってはや二週間、先週末は仕事していたため休みは日曜日だけでした。というわけでこの三連休まで「休みだー」という気がしませんでした。そんなわけでこの三連休は、新生活の準備やたまっていた作業をしたりするうちに過ぎていきました。


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土曜日:ヨドバシカメラに行く

私が日本を発った頃にはまだオープンしていなかった、秋葉原にあるヨドバシカメラに行ってきました。ボーナス後の連休ということもあって商戦にも力がはいっているようで、各売り場には「販売応援」というバッジをつけた人達が多く立っていました。日本を発つときにほとんどの電化製品を人にあげてしまったため、洗濯機やテレビなど新しく買わないといけないものが多くあります。そんな訳で生活家電売り場に足を運んだのですが…。今や洗濯機は乾燥機機能のついたものが主流になっているらしい。いや、私が日本を発ったときもありましたがまだ値段が高くて手が出ない、という感じでした。今は洗濯容量6キロ、乾燥容量4キロ程度のものなら7~8万円くらいであるようです。私が売り場でジーッっと洗濯機を眺めていると、「販売応援」のお兄さんが話しかけてきました。ドラム式の洗濯機を買う際には家の置き場所の寸法をしっかり測ってくることが大事だ、などと役に立つことを言ってくれる人もいましたが、何を言っているのかが良く分からない人もいたりして、久々にいろんな人と日本語でやりとりしてしまいました。例えばこんなこともありました。

「今はこういうのが売れ筋で…(延々とおそらく暗記しているのであろう説明を始める)」

「あのー、たたき洗いと泡洗浄の違いって何ですか?」

「えっ、たたき洗いは、こう、たたいて洗うというかですね、で、泡洗浄は…泡が、こう…(3秒ほどの沈黙)…いや、何ていうか、説明が難しいんですけど…。」

「…つまり、好みの問題っていうことですか?」

「えぇ~、ま、まぁ~、そういうことです~」

a0079741_23124940.jpg(「販売応援」になってないじゃん)という呆れた気持ちを抑えて私が無理やりまとめてしまったのですが、客にまとめさせちゃダメだよなー、と思って売り場を後にしました。ちなみに私が後からカタログを読んで得た情報を解釈すると、どうやらたたき洗いはドラム式洗濯乾燥機で上から洗濯物を下に落として(ドラムの直径分落下する)その重力で「たたく」のに対し(図を参照ください)、泡洗浄は洗剤から独自の方法で高濃度の泡を作り出してそれを衣類にまんべんなく行き渡らせ、温水洗浄との組み合わせで汚れをしっかり落とすのだそうです。どちらのほうがよく汚れが落ちるのかは…よくわかりません。

他にも冷蔵庫やテレビなどあらゆる売り場を歩き販売員の人達とやりとりして思ったのが「人の話聞いてよ!」「もっと売る製品ついて勉強してよ!」ということです。私もあまり人のこと言えないのですが「いや、あなたよりは人の話し聞いていると思うな」と思うことがたまにありました…。むしろ売り場に設置されているDVD映像を見ていたほうがよくわかるんじゃないかと思いました。個人的には東芝のタイフーンロボという掃除機のDVD映像がよくできていると思いました。でも、機能の説明をするときに無意味に「シャキーン」とか効果音が入っているのは結構笑えました。いやー、日本ってすごい国だ。

ところで、すぐにいるわけでもないのに買ってしまったのがモバイルプリンタ。理由は、販売員がちゃんと人の話を聞く人だったから。私の質問にちゃんと答え、聞かれた以上のことは言わない。それだけでいい気分になり「この人から買いたい」と思ってしまいました。そんなわけで、私の宿の部屋は狭いのにモノが増えてしまいました。

昼はヨドバシカメラの8階にある刀削麺荘という中華料理屋で麻辣麺を食べました。これは留学前よくお昼に食べに行ったなつかしのお店(ただし、通っていた店は別の店)。ヨドバシカメラに行くときには絶対行こうと決めていました。久々の再開で味も変わっていなくて大満足…値段が680円→850円になっていたのを除いては。

その後足裏マッサージに行き、宿に戻った後は天気が悪かったこともあり部屋で電化製品のカタログを見ながら一人検討会を開いていました。


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日曜日: 新宿に行く

連休二日目は新宿に行くことにしました。まずルミネに行ったのですが、何だか歩いていて恥ずかしくなってしまいました。私はTシャツにジーパンで行ったのですが、他に歩いている女性は皆同じような格好をしている…なぜだ!!気を取り直して本屋に行き、東京の地図を買いました。もちろん東京の地理を全く分かっていないわけではないですが、2年もいないと細かい部分が変わっているし、また自分が住む周辺をもっと知りたいということもありまずは地図を買って地域の全体像を把握することにしました。

夕方、少し雨が落ち着いた頃、新居となる家の周りを歩いてみました。京都にある私の祖母の実家の周りと似て、狭い路地道が多く個人商店が多いところです。家から最寄り駅(といっても複数あるのですが)に行くにはどう行けば近いか、またどう歩けば坂を登らなくて済むか、などを歩いて確かめていました。


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月曜日: 日本橋に行く

今日は日本橋の高島屋本店に行ってきました。留学に出る前「留学終わってからたぶん仕事に着て行く服がなくて困るだろうな」と予想していたため、あらかじめ高島屋友の会で毎月5000円の積み立てをし、帰国後服を買うお金を「予算化」していました(そうしないとなかなか買わない、という理由もある)。2年分、13万円(1万円はボーナス)の金券が手元にあったのですが、スーツを買ったらその半分が一瞬にしてなくなってしまいました。

その後宿に戻り、会社に出す留学報告書を書いたりして過ごしました。



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留学自体は終わったので、このブログもいつまで書こうかと悩んでいるのですが、やめたい気になったときにやめようと思います。今のところは、見るものがまだ新鮮なのでネタになる、と自分では思っているのですが。あとは、書きかけの内容が結構あるので(ネタ自体はたくさんあるのだが、記事にまとめ上げるのに時間がかかる)、それを書き終えてからにしようか、とも思っています。
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# by coast_starlight | 2007-07-16 23:13 | 日々の出来事

<日々の出来事> 神戸より

月曜日から東京都内の職場に戻り、早速今週末神戸に出張しています。国内・海外への出張が多い職場だとは予想していたものの、自分の住まいも決まらないうちに出張なんて…でも実は楽しかったりするのですが。新幹線に乗るのも2年ぶりだったし。ところで、職場に戻ったら入社以来ずっといなかった部下がついているではないか…。彼が生まれたとき私はもうすでに小学生だったのか、と思うとジェネレーションギャップを感じたりします。う~ん、これからどうやって先輩として接するべきか…。書きたいことはいろいろあるのですが、今日夕方の新幹線に乗って神戸についてからヘロヘロになっているので今日はこのへんで。
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# by coast_starlight | 2007-07-06 23:59 | 日々の出来事

<考え方> 自分の行動に潜む価値観を分析する

帰国の飛行機のなかで一問思いついたので書きます。とっても小さい出来事をくどくどと分析していて「ヒマ人だなー」と思われるかもしれませんが、この中から何か気づきを得て頂ければ幸いです。


<例題> 冷凍庫に余った塩鮭

家を引き払う当日、その日まで使っていた日用品や冷蔵庫・冷凍庫に残っていた食材は可能な限りムービングセールに来られた方や知り合いの方にタダで譲りました…というか、もらって頂きました。しかし、うっかり冷凍庫の奥のほうに塩鮭2切れが残っているのに気づきました。これは日本食スーパーで買った、2切れで5ドル近くもする貴重な食材です。でももう誰もあげる相手がいないよー、どうしよう…。そこで私は次のような方法を思いつきました。

家を引き払った後、知り合いのおじさんにアパートからホテルまで送ってもらうことになっていました。その際、同じ日に帰国する予定だった私の友人も同乗し、彼女と共にホテルに移動することになっていたのですが、彼女がアパートを引き払うのは私よりも一日後でした。そのため私は彼女のアパートに到着したとき塩鮭だけを持って彼女の部屋に行き(想像するとかなり滑稽かも)、彼女を迎えに行くとともに「ねぇ、そっちの冷凍庫にこの塩鮭入れておいてくれない?ムービングセールか何かで部屋に来る人まだいるでしょ、その人にあげてもらえるかなぁ?」とお願いしました。

さて問題です。どうして私はここまでして塩鮭を捨てずに持ち続けたのでしょうか?もしあなたが同じ立場に立ったらどういう行動をとりますか?それはどうしてですか?

ちなみに塩鮭は友人によると無事同じアパートの日本人の方にもらわれていったそうです。めでたしめでたし。


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これ「もったいないと思ったから」の一言で済ませちゃダメですよ。それでは分析が足りません。単にそれだけでは「他に引越しで捨てたモノはたくさんあるのになぜこの塩鮭は捨てられなかったか」を説明できません。また、最悪知り合いのおじさんにあげるという「解決法」もあったのですが、このおじさんは日本人ではないためおそらくもらってもどう食べていいかわからなかったと思います。私は塩鮭を塩鮭らしく食べてもらいたかったため(もっと大げさに言うと、塩鮭になるという運命をたどったこの鮭の本分を全うしてもらいたかったため)あえて日本人にこだわりました。

「もったいないと思ったから」をもう一歩踏み込んで分析すると「塩鮭を捨てている自分の存在を認めることができなかったから」だと思います。ポイントは「もったいない」という考えを「当たり前じゃない」とか「常識でしょ」という一言で済ませないことです。私以外の人が同じ状況に陥ったとき皆同じような行動をとるとは思えません。引越しというある意味時間的制約の多い切羽詰った状況の下では、何も考えずに捨てる人も多いかもしれません。引越しの時は多くのものを(結果として)捨てる羽目になるので、毎回罪悪感にさいなまれます。私が上に書いた行動をとったのは、その自分の罪悪感を少しでも軽減したいという自分の気持ちの表れだと私は解釈しました。塩鮭のためではなく、私のためなのです。もっとも、誰かにもらわれてはいきましたが、無事最後まで見届けた訳ではありません。その人が「う~ん、やっぱりいらない」といって捨ててしまう可能性だって否定できません。でも私はベストを尽くしました。

では、他にたくさんのモノを捨てたのになぜ塩鮭はここまで大事に扱われたのでしょうか。冷凍食品だから傷みやすいし扱いも面倒です。それにこだわるヒマがあったらさっさと捨てて塩鮭のことは忘れてしまって引越し作業そのものをしたほうが、「引越しを済ませる」という目的のためには良かったかもしれません。しかし私には別の「引越しの際に毎回感じる『まだ使える/食べられるものを捨てなければならない罪悪感』を最小限にしたい」という目的があり、罪悪感を感じてしまう自分がいる以上これはそれなりに優先順位の高いことだったのだと思います。この目的を果たすことは、私という人物の一貫性を保つために重要なことでもあります。

あとは、子供の頃から「食べ物を粗末にしてはいけません」と半ば刷り込みのように教えられていることも潜在意識に影響しているかもしれません。アメリカ生活が長いと、食べ物を捨てている場に遭遇することが多いんだ、これが。レストランで食事を注文すると出てくる量が多いこともあるし、余ったものを持ち帰ることが可能で実際持ち帰っている人もいますが、残している人も結構多いです。多くの残飯を見るのは心が痛みます。

私が小さい頃、夕食のトンカツやコロッケについてくる千切りキャベツを「食べる」と言って出してもらって残すとそれが次の日の朝ごはんに炒めて出てきて、それでも食べ切らないと「じゃあ捨てるしかないね。キャベツさんに謝りなさい。」とか母親に言われて「キャベツさんごめんなさい…」と言いながらキャベツを捨てた記憶があります。他にも小さい頃はいろいろなことを経験していると思うのですが、なぜかこの記憶はかなり鮮明に残っています。そのせいか食材にも魂があると思ってしまうようで、塩鮭を捨てられなかったのはこういう幼少時の原体験があるからかもしれません。

小学校の頃確か国語の教科書に「鮭の一生」という話がありました。鮭は約2000個の卵を産むそうですが、稚魚になり川を下り遠洋に旅立ち、再び同じ川に戻ってきて産卵までに至るのはわずか2~3匹なのだそうです。他の鮭たちはそれまでに他の生き物に食べられてしまったり、我々人間によって捕られてしまうのです。この塩鮭もおそらく遠洋で漁師さんによって捕まえられたため、残念ながらその2~3匹にはなれなかった鮭なのです。…こんなことを考えていたら、やっぱり捨てられませんよね。

塩鮭のことを考えるだけでこんなにヒマがつぶせるなんて、ひょっとして私って天才かも…と思ったか思っていないかは皆様のご想像にお任せします。


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昨日午後無事成田空港に到着し、今は水道橋のホテルに滞在しています。今日からもとの職場に戻ります。かなり浦島太郎状態になっているんだろうな…。
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# by coast_starlight | 2007-07-02 07:30 | 考え方

<日々の出来事> 帰国

今、乗り継ぎ先のニューヨーク/JFK国際空港にいます。JFKの名のついた学校をを卒業したんだからやっぱりJFK空港から旅立たなきゃダメだよな、と思ったわけではないのですが一番乗り継ぎ時間が短いこともあってここで乗り継ぐことにしました。

a0079741_2345279.jpgボストンを旅立つときの窓からの風景は天気が良かったこともあり非常にキレイでした。当初の予定ではもっと余韻に浸るはずだったのが、セキュリティーチェックを通過する前に手持の水1リットルをもったいないからと無理やり飲みきったせいもありとにかくトイレに行きたくて仕方がなく「うぅ~、ガマンできなーい」とか心の中で叫んでいました。離陸後しばらくしてトイレに駆け込んで何とかなりましたけど。私の住んでいたアパートも見えました。

もう搭乗手続きやっているので、それではまた。
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# by coast_starlight | 2007-06-30 23:45 | 日々の出来事

<私のはなし> 留学生活を振り返って

a0079741_745761.jpg引越しを控えドタバタしている本人に代わって、久々に登場のシロクマさんによる留学生活のまとめをお送りします。今回はボストン生活の最後を締めくくるのにふさわしい特別ゲストとしてロブスターさんにもご登場頂き、二匹による対談形式でお送りしたいと思います。


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シロクマ(以下S): 本人はこれで生まれて以来15回目、一人暮らしを始めてからは10回目の引越しらしいけど、5回目の引越し以来見てきて毎回思うのが何でいつも土壇場まで準備しないかということなんだよね。たぶんギリギリにならないと「いよいよだ」という気分が盛り上がらないのだと思うけど、毎回ドタバタしているのを見ていると「誰かがやってくれるだろう」という他力本願な気持ちが芽生えるのか、あるいは学習機能がないのかと思うよまったく。いや、今回はちょっとは余裕かましているかも。帰国一週間前からムービングセール始めた割には結構順調にモノが売れて行ってるんじゃない?

ロブスター(以下L): そうかもね。毎日いろんな人が家に来ていて、結構雑談してたりもするよね。全然関係ない分野の専門家もいたりするし、意外なところでの人のつながりがわかったりするし面白いかも。この前なんか日本文学の専門家が来て、「源氏物語全部読んだんですか?私の母もいつか誰かが読むかと思って瀬戸内寂聴の「源氏物語」全巻買ったんですけどたぶんまだ誰も読んでいないんですよー」とかムダ話していたし。ほかにも偶然同郷の人がいて地元の話で盛り上がったりとか。私もケープコッド(マサチューセッツ東部のリゾート地)で買われて以来この家でのベッドルームで生活してきたけど、会社員生活に戻ったら毎朝起きられるのかがちょっと心配かもね。本人は大丈夫だと言ってるけど。最初の2週間くらいは時差ボケが辛いと思う。あぁ、私もゆううつ。

S: 別にキミはいつ寝起きしてもいいじゃん。会社行くわけじゃないし…って僕もだけど。ところでこの留学生活、得たものはいろいろあるみたいだしそれは記事にも書かれているけど、そんな中で彼女が克服できたものは何だと思う?僕はそのうちの一つはタクシー嫌いの克服じゃないかと思う。タクシーに関しては、以前はケンブリッジ市内とはいえちょっと離れたところに住んでいたということもあったけど、パーティーとかイベントがあっても必ず終電までには帰っていたもんね。理由は、タクシーに乗るのがイヤだからだって。1年目は片手で数えるくらいの回数しかタクシーに乗っていなかったもん。一人じゃ大雪とかよっぽどのことがないと乗らなかったし。空港に行くときもどれだけ荷物があっても地下鉄とバスを使っていたもんね。タクシーが嫌いなのは公共交通より高いというだけでなくて、車両が汚いのに加えて密閉された空間だからなんだって。閉所恐怖症なんだろうね、たぶん。

L: MBTAのバスや地下鉄の車内だってそんなにキレイじゃないし、同じ汚いのだったら公共交通使うわ、なんて言ってたよね。公共交通のほうが開放感あるというのはわかる。後は公共交通を扱う業界にいるという変なプライドもあるみたいよ。ここにいる間もアムトラック(アメリカの鉄道を運営している公社)の列車に乗りまくっていたもんね。

S: それが今では自分で手挙げて乗ってるし。こっちは初乗りが安いから(2.50ドルくらい)短距離でも乗りやすいし、概して日本よりも安いみたい…って僕はこの部屋から出たことないから乗ったことないけど。

L: 日本に帰ってからが心配かもね。東京のタクシーの初乗りは確か今660円だったっけ。それに近々値上がりするらしいし。日本のタクシー車両はこっちのものとは比べ物にならないほどキレイだから、快適さも違う。東京都内でも乗っちゃっているじゃないかな。山手線内とはいえ場所によってはビミョーにJRや地下鉄だと乗り継ぎが多くなるところもあるし。

S: 日本にいたらいたでそれに合わせて暮らせるようになるとは思うけど、ロブスターさんのいうことも一理あるかも。

L: 留学生活の途中で引越ししたのも変化としては大きかったんじゃない?2年目は学校やボストン市内に近いところに住んだからパーティーとかあれこれイベントにも行きやすかったみたいだし、やっぱり物理的に近いことは何事においてもメリットだということがよくわかったみたい。あとはハーバードシャトルが使える地域だと夜のイベントの帰りもタダで家の前まで送ってもらえるし、行動範囲も広がったみたいだね。電話を受けるおじさんで態度悪い人がいるのが玉にキズだけどね。シャトルが来る前にもらう電話も "Be outside!" ってぶっきらぼうに言う人と "Please make your way out." って割と低姿勢で言う人と二人いるんだよね(内輪ネタです…すいません)。あのシャトルにもう乗れないのかと思うとちょっと寂しい、とか言ってた。

a0079741_7143522.jpgS: 今回の引越しが今までの引越しと違うのは、そう簡単に再訪できないってことかも。大学入学以来の引越しは首都圏内だったから、住んでいたところに行こうと思えば行けたもんね。でも今回は違う。東京とボストンで1万キロ以上離れているし…東京での家探しもがんばってやってるよね。今はインターネットが使えるから物件情報をチェックしたり不動産屋とのやりとりもすぐにできる。今度の職場に20分くらいで通いたいから本郷三丁目あたりでなきゃイヤだとか言ってるけど、家賃が高いのが悩みみたい。不動産屋とやりとりするのに時差があるから真夜中まで起きていたりして、結構眠そう。

L: 前の家の家賃が安すぎたんだよ。2DKのマンションが礼金ゼロで7.5万円でしょ。会社から1時間かかったとはいえなかなかああいう物件はないよ。その代わり車がないと面白くないところではあったけどね。

S: でも今度は車も持たないらしいし、自転車でいろいろ行けそうだから生活コスト全体で見たらまあ何とかやっていけるんじゃない?問題は広さの条件を絶対譲らないことみたいだけど。

L: 一人暮らしが長くなってくると、私達みたいな「仲間」も増えてくるし、旅行先で得たモノとかあれこれ捨てられない持ち物も増えてくるみたいよ。ペンギン3匹、イモムシ10匹、ライオン1匹、ゾウ1匹、クマ2匹――シロクマさんを含めてだけど――ほかにもアクネ菌さんとかインフルエンザ菌さんもいらっしゃるらしいよ。私はまだお会いしたことことないけど…いや、会いたくないかな。居場所を確保してあげるのも大変みたい。あまり窮屈だとケンカが起こるだろうしね。

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S: 学業面ではとりあえず卒業できたから一応それなりに勉強していたんだろうけど、ダイニングテーブルに授業で読まなければならない本とか資料とかいっぱい広げて毎日その前に座って難解な文章に格闘していたよね。国際政治理論とか概念的で意味不明って悩んでいたもん。加えて彼女の問題は読んだ尻から内容を忘れてしまうことなんだ。だから何かを読んでいるときはそれを自分の経験とか知っていることに結び付けないと記憶に残らないらしく、自分の脳みその構造が他の人のものとかなり違うみたいって悩んでいたよ。ノートとるのもものすごく下手だし、何か書いてもその紙をどこかにやってしまうからまた探すのに時間かかってるし、どうしようもないよね(飼い主注:それでもハーバード大学を卒業することはできます)。結局は他の人が頭が良すぎるってことなんだと思う。でも他の人が思いつかないことたまに思いついて「おぉ、ひょっとして自分は天才じゃないか」とか思ってもその考えを人に説明するのに苦労していて、でも自分の中ではつじつまがあっているのに…って困っていたこともよくあったっけ。学校の授業だとそれを英語で説明しなければならないのも難しいところだしね。それに最初の学期は毎日頭が痛いって言っていて、たまにバファリン飲んだりしていたもんね。勉強していて物理的に頭が痛くなったのはこれが初めてだって。どうやらそこで自分の限界を感じたみたい。

L: それまでの専門と違う勉強を大学院レベルでするとなるとしんどいのかな。社会科学系の学問って理工系と違ってこれといった一意に定まる答えがあるわけじゃないし、何かフニャッとした結論しか出なくて理系出身者には気持ち悪いところもあるのかもしれない。でも起き上がりこぼし的なところがあるみたいだから、まあ大丈夫なんじゃない?

S: っていうか僕が思うに彼女の問題はやる気にムラがかなりある点なんだ。このブログの更新頻度からもわかるように、やるときはすごくやるのだけど、やらないときは全然やらないというか…。

a0079741_7154618.jpgL: その通りだね。たぶん注意力が散漫だから、何か作業していてもすぐ他のことに気が向いたりしてなかなか一つのことに集中できないんだよ、あの人。少なくとも地道に研究に取り組むようなタイプじゃないね。幼稚園の頃も一人だけ他の教室にいる近所の子に会いに行くとか言って先生の言うこと完全に無視して遊びに行ったりしていたらしいし。もっとも、特にお受験するようなところでもないローカルな幼稚園なのに面接であまりに落ち着きが無くて合格できず補欠で入ったらしいし。いわゆるADHD(注意欠陥・多動性障害)ってやつに近いかも。とりあえず今は普通に社会生活しているから大丈夫なんだろうけど。でもそれを本人もわかっているからうまく複数の作業を同時に進めて終わらせることができているから今までなんとかなってきたのだと思うよ。プロクラスティネーションの問題は解決されていないみたいだけど。もっと集中力があれば良い成績とれたのに、ってよくぼやいていたもん。

S: でも学業よりも人付き合いで学んだことのほうが大きいって。アメリカ人と二人で数時間話し続けたり、パーティーでの場の空気を読んだりっていう経験はやっぱり留学生活ならではのものだよね。経済学や統計学といった授業はどこで学んでも内容はあまり変わらないかもしれないけど、違いは誰と学ぶかだよね。

L: 確かにこの前のパーティーにもいろんな人が来てた。先々週のパーティーは日本人ゼロだったよね。

S: 以前の記事にも書いていたけど、ああいうパーティーって日本だとあまりないよね。っていうか誘っても人が来ないだろうし。

L: 最後のほうはいろいろ「実験」していたよね。アメリカ人の時間感覚をはじめ気質というかメンタリティーにここにきてようやく慣れてきたって言ってるよ。ただ慣れすぎると日本に戻ってからが大変かもしれない。逆カルチャーショックはほかにも起こりそうな気がする。あぁ7月から一体どうなることやら…でももうここまできたらなるようにしかならないから、堂々と構えるしかないんだろうね。

S: 7月は働き始めるのと並行して引越しや生活の準備・買い物とかがあるし、結構ドタバタしそうだね。でも日本に戻ったら友人に会えるのが楽しみみたいよ。僕も楽しみ。でも京都の実家にいる仲間はいいけど、狭い倉庫で暮らしてきた仲間のことを思うと忍びなくて。2年近く日本を離れているとみんな状況もだいぶ変わっていると思う。パンダさんやキリンさん、カンガルー君はどうしてるかなぁ…。ロブスターさんも日本に帰ったら早く仲間に会いたいんじゃないの?

L: えっ、そ、それは…。

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ロブスターさんは、仲間からのお誘いを心待ちにしているようです。
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# by coast_starlight | 2007-06-28 07:17 | 私のはなし

<日々の出来事> ムービングセール

現在ムービングセール実施中です。日本に置いてきた大物家具や電化製品があるため、こちらで今まで使ってきたものは可能な限り処分して帰ろうと思っています。幸い売りたいものはほとんど全部売り切ることができました。あとはどうせ残っても捨てる(あるいは、輸送費を考えると捨てざるを得ない)ものを無料でよいからどなたかに持ち帰ってもらえれば、と思いせっせとモノを整理しています。

先週末、ボストン在住の日本人がよく見るというインターネット掲示板に初めて掲載したのですが、その直後から問い合わせが来るわ来るわ…でビックリしました。日本から来られたばかりの方が多いのかと思いきや意外とそうでもなく、問い合わせてくるのはこちらの生活が長い方や日本人以外の方もいたりして、改めてこの掲示板の威力を感じました。

ムービングセールをやりながらつかんだコツ(?)を以下に書いておきます。これからムービングセールを行われる方/ムービングセールでモノを買われる方には多少参考になるかもしれません。


<ムービングセールを行う側のコツ>

1.欲張らない
普通に2年近く使用していたものであれば、買った値段の1/2~1/3で値をつければ大体売れます。ただしキッチン用品・衣類は別。私は圧力鍋などを大物を除きキッチン用品はすべて無料、衣類は好み・サイズが合わないと売れないので売りに出しませんでした。売れ残ったら持って帰ってもいいと思ったものは逆に高めに設定し「売れればラッキー」くらいの気分でいましょう。あまりムービングセールでお金を稼ごうと思わないほうがいいと思います。

2.無料コーナーをつくる
キッチン用品などの小物については、$1~$5とかでちまちまと売るより思い切って無料で持っていってくださいという気持ちでいたほうが結果として早くなくなると思いました。有料の品を買っていただいた方に対しついでに「これらの中で何か欲しいものがあれば持っていってください」と言った方がモノが早くなくなるので気持ちが楽になります。この「早くモノがなくなって気持ちが楽になること」の価値は$1~$5よりは大きいと私は思うのですが…もっともこれは人それぞれかもしれません。

3.まとめて引き取ってもらえる相手を見つけると楽だが…
部屋ごと家具・小物等を引き継いでくれる相手を見つけると手間ひまが大幅に軽減されて楽ですが(ケネディスクール的に言うと transaction cost がかなり少なくて済む)、私の場合はそうもいかなかったので普通にネット掲示板に掲載し、基本的に早い者勝ちで購入の意思を示して頂いた方にお譲りするというスタンスをとりました。そのため毎日数名が私の家を訪れることになり、モノがまとめてではなくバラバラとなくなっていく状態になったため一人一人時間をアレンジするのが多少面倒ではありましたが、いろいろな人とおしゃべりできてある意味楽しかったです。あらゆる理由でボストンで暮らしている日本人がいるんだな、と学校生活では普段なかなか接することない人とほんの少しではありますが話ができて何だかうれしかったです。

4.はじめから「この値段だったら売っても良い」という値段を提示する
交渉を楽しみたいと思うなら別ですが、私は早く売り切ってしまいたかったので最初から「これがギリギリ」という値段(reservation price)を提示していました。値切ってきた人はほとんどいませんでした。日本人以外を相手にしていた場合は違ったかもしれませんが…。

5.電話番号を書いておいたほうがよいかも
ネットの掲示板を見る人だったらメールを使えるだろう…と思うと意外とそうでもないんです、これが。「子供が見つけてきたんですけど、私自身はメールとかパソコンとかよくわからなくて…」と言って電話で問い合わせてくる方もいらっしゃいました。あとはとりあえず電話番号を控えておいて出先から電話してみる、という方もいらっしゃいました。確かに電話番号は個人情報ではありますが、どうせ帰国したら使わなくなる番号だし、と思い切って出したのは正解でした。


<(売る側から見て)買う側のコツ>

1.少しでも気になるものがあれば速攻連絡、できれば電話で
メールはすぐに出しましょう。電話番号が書いてあれば電話のほうが早いです。基本的に早い者勝ちで優先順位を決めている人が多いと私は想像します。まとめ買い優先の人もいますが。

2.返信メールをもらった後購入の意思表示はできれば電話で
メールを一往復させた後購入したいと思った場合、すぐに電話したほうがいいです。結構数時間(あるいは数十分?)差でモノがなくなってしまうということがよくありました。

3.掲示板に書かれた情報の裏を読む
例えば「テレビ$50」「DVDプレーヤー$30」と書いてあるだけだと「これじゃよくわからないよ」と言いたくなりますが、売る側は結構他のこともあってあれこれ説明を書いたり写真を掲載したりするのを面倒がっているだけで(私はそうです…スミマセン)モノはまともなことが多いのではないでしょうか。私は問い合わせメールが来てから逐一デジカメでモノの写真を撮ったり寸法を測ったりしていました。保証はできませんが、ボストンに1~2年住む人は留学生や研究者が多く、よほどのことがない限りやりとりに手こずるようなたちの悪い人はいないと思います。

お越しくださった皆様、どうもありがとうございます!大変助かります!まだ無料でお渡しできるものが多少はあるのでもしお時間があればお立ち寄りください。

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今部屋の中はゴチャゴチャですが、大体のメドはついたので安心しました。いやー、何とかなるもんだな。
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# by coast_starlight | 2007-06-27 13:52 | 日々の出来事

<日々の出来事> 最後の週末

この週末にはアメリカを発つことになり、この前の土日がこちらで最後の週末となりました。ずっとご無沙汰していたホストファミリーのところに行くと約束していたので、かなり久しぶりにマサチューセッツ州北部にあるご夫婦のところへお邪魔になりました。ケネディースクールでは外国人学生に希望すればホストファミリーを紹介してもらえます(私がこのホストファミリーと知り合ったのはまた別ルートですが)。ホストファミリーといっても一緒に住むわけではないのですが折に触れて自宅に招いてもらうなどホストファミリーとの交流はアメリカ文化を知る良い機会でもあります。ファイナンシャルプランナーをやっているだんなさんとパーソナルトレーナーをやっている奥さんのこのご夫婦、ともに(たぶん)50代なのですが結婚してまだ3年くらいしか経っていません。奥さんはここに来る前シンガポールに20年ほど住んでいて、若い頃ボディービルダーとして各種コンテストで入賞し、フィットネスジムを経営していたそうです。対するだんなさんはマサチューセッツ州から出たことのない超ローカルな人。この二人がどうやって出会ったのか??何とインターネットなのだそうです。それも今から10年くらい前!ひえー。お互いやっていることも趣味も違うけど、ユーモアのセンスは共通している、だから一緒にいて楽しい、そんな感じの夫婦だと思います。毎回このご夫婦を訪ねるたび面白い経験をさせてもらいました。今まで家の庭にかかっているハンモックで昼寝したり、おばさんの持っている馬を見に行ったりとしましたが、今回はまた違う体験が待っていました。

土曜日の昼、ご自宅のある方向とは全然違う駅を指定されコミューターレール(郊外列車)で出向いたのですが、そこから連れて行かれたのはオートレース場!おじさんは多趣味な人で、その趣味の一つがモータースポーツです。趣味でモータースポーツを楽しむ老若男女がこのオートレース場で週末にその腕を競っているようです。マサチューセッツ中心部のAyer(エアーと発音するらしい)という町にあるこの場所は、昔飛行場だったのですが今は使われておらず、滑走路だった土地を現在はオートレース場として利用しているみたいです。様々にチューンアップされた車が並んでいる光景にはビックリ!よくもまあここまで本格的に趣味に没頭できるな、と驚くばかり。ちなみにおじさんは安全運転講習のインストラクターもされているそうです。おじさんはオートレース用ポルシェを持ち込み、レースに出場していました。私も写真撮影のためいろんな車に乗せてもらいました。

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a0079741_1391618.jpgその後おばさんがコンコードのルイザ・メイ・オルコットの家に連れて行ってくれました。若草物語という有名なお話を書いた人ですが、私は読んだことがありません。何でもお父さんが教育熱心な哲学家(何でも超越主義者 transcendentalist だったらしい…詳しくはよくわかりませんが)であったことが彼女に大きな影響を与えたと言われています。おばさんが「当時は親の考え方次第で---特に女性の場合は---どこまで教育が受けられるかがかなり決まっていたと思う」と言われていたのが印象的でした。



a0079741_1394297.jpgその次は「あなたに是非会わせたいおばあさんがいるの」ということで、おばさんの顧客であるドイツ人のおばあさんの家に行くことになりました。このおばあさんは現在84歳ですが、おばさんが教えているフィットネストレーニングのお陰で日々元気に過ごしているようです。20歳の時にドイツからアメリカに渡って以来数々の苦労を乗り越えられてきたのだと思います。普通に話をしていても深みが感じられるということは、初対面でもよくわかりました。なんでもこのおばあさんのファンクラブもあるのだとか。おばさんの家の庭が素晴らしかったことも手伝って、非常にすがすがしいひとときを過ごすことができました。


夜は自宅近くのシーフードレストランに連れて行ってもらいました。その後ご自宅に一泊して昼頃自分の部屋に戻り、引越しの準備を淡々と進めていました。確かに引越し準備がある中ちょっと大変ではありましたが、行っておいてよかったです。とはいえ引越し準備は家の中での作業だったり家にいなければならないことが多くて、逆にちょっと遠くに行ったのが良い気分転換になったのも事実です。

もっとも今は「うわー、もう本当に残り数日しかない!」と尻に火がついていますが。
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# by coast_starlight | 2007-06-26 13:12 | 日々の出来事

<日々の出来事> 家探しと保証人制度のはなし

今月30日にボストンを発つことになり、7月から住む家を探しています。まずはホテルかウィークリーマンションに家が見つかるまでの1~2週間の間住む予定です。そこでぶち当たるのが保証人の壁。家を借りる際は今まで何も考えずに父親に頼んでいたのですが、昨年父も定年退職したので、たまに条件として求められる「フルタイムの正社員として勤務している人」に当てはまる親族となると弟に頼まなければならない状況になってしまいました。家だけでなくウィークリーマンションでも連帯保証人を求めるところがありビックリ!保証人自体は立てられないこともないけどいちいち頼まなければならないのが面倒。相手に精神的負担をかけるということもありますし。それに私の場合は幸いなってくれそうな親族がいるけど、いない人だってたくさんいるはず。それは本人にはどうにもならないことが多いと思います。この日本独特の制度、何とかならないのでしょうか…。アメリカに延べ6年住んで嫌なところもかなり見ましたが、お金に関しては「人による保証を求められないで本人のみが見られる」ことは好きな側面の一つでもあります。アメリカでは不動産を借りる際に日本の連帯保証人にあたる人を求められることはまずありません。この話をアメリカ人の知り合いにしたら「たぶん違法ではないか」と言っていました(州によるかもしれませんが)。その代わりに見られるのが本人のクレジットヒストリーです。クレジットカードや公共料金の支払いを滞りなく行っているか、その支払い状況が点数で表され、これがお金や家を借りたりするときについて回ります。自分の点数をお金を払って調べ、良い点数を維持する努力をするということはアメリカ人であれば普通にやることらしいです。以前同級生と住宅ローン政策に関する課題を行っていたとき彼女がそんなことを言っていました。この点数が低いと、例えば住宅ローンを組む際普通の銀行でお金を借りることができずサブプライムという金利の高いところでないとお金を借りることができなくなります。日本でだってクレジットヒストリーは重要だし、住宅ローンに加入したりクレジットカードを作るときはクレジットヒストリーを調べられるのに(たぶん家を借りるときも)、何で保証人をとるの??と毎回思います。

ちなみに家を借りるのはアメリカのほうが初期費用が少なくてすみます。大体デポジット(敷金に近いもの)を1か月分くらい払って終わりです。不動産屋に支払う手数料も1か月分とられることもありますが、場合によっては家主が全額支払います。ただし契約は1年のことが多く、家賃は毎年インフレ分は上がることが多いようです。問題は例えば1年契約をして半年で出なければならなくなった場合です。ペナルティとして1か月分の家賃を支払ったり、次に入る人を自分で探さなければならないということもあります。あるいは自分の契約が切れるまで借りてくれる人に又貸し(サブレット)するということもよくあります。特にこの夏の時期、8月末まで契約してしまった人が自分の部屋を又貸ししたいという広告がネットの掲示板に多く掲載されています。

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日本で大学院に行ったとき育英会でお金を借りたのですが、卒業時に提出する借用証書で保証人を2名記入する必要があり「え??」と思いました。原則として親族なのだそうですが、私の場合は父と伯父(父方の兄)になってもらいました。住所や銀行口座を変えても連絡せず取りっぱぐれるケースが多かったのだそうですが、自分達の取立てのノウハウのなさを連帯保証人を2人も求めるという方法で解決しようとしていることには正直「フェアじゃない」と思いました。育英会の奨学金を踏み倒すとクレジットヒストリーにどこまでマイナス記録として残るのでしょうか??このインパクトが大きければちゃんと返す人も増えると思いますが…。ちなみにそれでは足りなかったので大学の奨学融資制度を利用して銀行からもお金を借りたのですが、そこでは保証人は求められませんでした(大学が保証)。また私が会社に入る際は身元保証人は不要でしたが、銀行など当時とっていた(今は知りませんが)業界もかなりあったと思います。

昨年、弟の家に男の子が生まれました。私たちは二人きょうだいで弟の結婚相手には兄弟姉妹がいません。従って私が唯一のおばであり、私が子供を産まないと彼にはいとこが存在しないことになります。小さい間は問題ないかもしれませんが、大人になってから何かで保証人を立てる必要がある場合、父親以外の親族で立てなければならないとしたら私以外に誰がいるの?と思いました。他に考えられるのは私が結婚した場合の将来の夫??少子化の本質を見たような気がしました。(だからといってそれだけの理由で子供を産もうとまでは思いませんが。)こういう状況の人は多く出てくるでしょうから、その頃には保証人制度がなくなっていることを切に願います。
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# by coast_starlight | 2007-06-25 07:25 | 日々の出来事

<話のネタ> どこに軸足を置くか

私のクラスメートに、大学卒業後某国に移り、その国の言葉を完璧にマスターしある程度の成功を収めた後ケネディスクールに来たというあるアメリカ人がいました。卒業後はアメリカ国内で希望する分野の仕事を探していたようですが、卒業式の時久しぶりに話したらまたその国にしばらく行くとのこと。詳しいことはわかりませんが、アメリカでの仕事探しがうまくいかなかったのではないかと察しました。アメリカで働いたことがないと言っていたので、そのことがマイナスに働いたのかもしれません。これを聞いて、私はとっても複雑な気分になりました。ちなみにこのような人は別段珍しくありません。日本人の知り合いにだってこういう人はいます。

私が日本でインターナショナルスクールの高校に通っていたとき、日本の大学に行くかアメリカの大学に行くかという決断を迫られていました。インターナショナルスクールに通っていれば、(当時だとICUや上智大学など一部の学校を除いて)日本の大学に行くよりはアメリカ(あるいは他の英語圏)の大学に行くほうが入学準備は楽です。小5~中1のアメリカ生活の後、中3の秋にアメリカに再び渡ることになった時点で日本の高校教育を受けることはないという見込みだったのでアメリカの学校での勉強しかしていなかったのですが、日本の学年でいう高2の夏に日本に帰ることになったものの日本の学校に自分が行きたいと思うような受け入れ先はなく、半ばやむなくインターナショナルスクールに入ったという事情がありました。しかし当時インターナショナルスクールを出ても日本の高卒資格とは認められないためそのままでは日本の大学は受験できないということも知っていました。でも正直なところは、こんな中途半端な時期に日本とアメリカを行ったり来たりしなければならなかったのは私のせいじゃないというふてくされた気持ちと、このことを自分の将来にマイナスに働かせたくないという意地という二つの気持ちに折り合いをつけつつ、実際問題として自分の行きたい学校(「自分の行ける学校」だけでないことがポイント…もちろんこれも満たす必要がありますが)への入学許可を得るという難しい作業を進めなければならないという、半ば降って湧いてきた運命に対する諦めの気持ちが私の頭の中を支配していたのだと思います。

結局私が日本の大学に行くことを選んだのは、将来日本に軸足を置くことの可能性を残しておきたかったというのが主な理由でした。18歳の時点で将来自分がどちらに軸足を置きたいと思うか、その判断がつかなかったのです。あとは、何だかんだ言って自分は日本人なので(なぜこの結論にたどり着いたかはこちらの記事を参照ください)、日本企業に入って日本社会に貢献したかったという考えもありました。もっとも、最近は必ずしもそういう考え方でもないですが。「もしあのときこうしていれば」という反実仮想を言っても仕方ないですが、学部の時点でアメリカの大学に進んでいれば日本に戻れなくなっていたかもしれません。戻りたくないと思っていればそれでいいのでしょうがそういう保障はどこにもないし、物理的に戻るこは当然いつでも可能ですが、自分の希望する仕事に就けない可能性は大きいですし、年をとればとるほど自分に合った職探しという点で戻るのが難しくなります。

しかし、問題は職探しといった生活面の話だけではありません。前述のクラスメートの場合は、大学に入るまで一度も実家を離れたことがなかった(つまり高校卒業までは安定した環境で過ごしてきた)そうなので私とは違って自分がアメリカ人であるという意識自体には自信を持っているのだと想像します。だから大学卒業後違う世界に自分から飛び込めたのかもしれません。そうでないと大人になってから精神のよりどころとしての自分の民族性・国籍に疑問を抱き、ひいては自分とは何者かというアイデンティティーに苦しむリスクに晒される可能性が高くなるというのは、自分および似たような環境を過ごしてきた人を見て痛切に感じました。何だかんだ言って大人になるまで同じ国・教育システムで過ごしてきた人はそのこと自体がアドバンテージではないかと思います。もちろん子供時代に異文化を経験できること自体貴重な経験かもしれませんが、上記の点においてかなりリスクが伴います。そうは言っても、前述のクラスメートに対しては、知り合いもいない国に一人飛び込んでいろいろなことをやってきた、そのリスクをとったことに対して私は尊敬しています。逆に私は20代の頃そのリスクがとれませんでした。

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ところで、先日の卒業式でもリスクをとって行動することの重要性を学長が説いていました。果たして、私はリスクをとって生きてきたのでしょうか?自己評価ではかなり手堅く生きてきてあまりリスクをとっていないような気がします。2年近くの間、働く代わりに留学生活を送っていたこと自体リスクを伴う行動ともいえますが、自分が一度「こうしたい」と思ったら止められない自分の性格をわかっているので、私にとっては留学しないことのほうがリスキーな行動だっただろうと思います。一番怖いのは、リスクを伴うことをしているという認識のないままリスクを伴う行動をとることです。何が自分にとって(ここが重要…世間や周りの人のモノサシではなく、自分のモノサシで見て、です)リスクを伴う行動で何がそうでないのか、それを見極める検討作業はこれからも当分続きそうです。その検討作業における評価基準の中で重要なのは結局自分がどこに将来の軸足を置くべきかということになるのですが、まだ答えが出ていないようです。
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# by coast_starlight | 2007-06-23 11:21 | 話のネタ